――なんだか疲れちゃった。

ただ買い物に来ただけなのに、色んなことが一度に起きた。

ナインに決まったひとがいる。

そんなの、ずっと前からそう思っていた。きっと、素敵な恋人がいるに違いない、って。
だってナインはいつも――誰かとデートをしていたし、そんな話もしていた。
だから、今更ショックを受ける事でも何でもないのに。

なのに。

・・・どうして、こんなに苦しいんだろう。

今まで、ナインにそういうひとがいるとは思っていても、実際に見た事がなかったから?
彼がそうはっきり話した事はなかったから?
決まったひとではなくて、複数のひとと同じようにお付き合いしてるだけって思って――安心、してたから?

『たくさんはいないよ。――ひとりだよ』

ひとり。

ナインの恋人は、ひとりだけ。

いつも決まったひとと会って、決まったひととデートして、そうして・・・

「――ホラ。これ飲んで」

目の前にペットボトルが差し出された。スポーツドリンク。

「・・・ありがとう」

心配そうなナインの顔を見ると、やっぱり胸の奥が痛くなったので慌てて顔を背ける。
そうして、申し訳程度にペットボトルに口をつけた。

ナインはいつも優しい。
ちょっとぶっきらぼうなトコロもあるけれど、でも――優しい。
だけどこの優しさを誤解してはいけない。
私に向けられているのは、彼にとって私が、『仲間』であり、『妹』のような存在だから。
いつも、大事だよって、大切な女の子だよ、って言ってくれる。
でもそれは、恋愛感情なんかではなくて・・・兄のような、保護者のような――あるいは「009」として「リーダー」としての言葉なのかもしれなかった。

「風邪かもしれないな。帰ったら博士に診てもらわなくちゃ」
「大丈夫よ。そんなんじゃないわ」
「だけど、」
「大丈夫だから、本当に」

優しくしないで。

放っておいて。

じゃないと――

「大丈夫って、大丈夫じゃないだろう?」

やめて。

お願い、優しくしないで。

――誤解してしまう。

「フランソワーズ。聞いてる?」

怒ったような声が降ってくる。
でも、顔を上げない。
私はひたすら足元を見つめ、できればナインの声も聞かずにすんだらどんなにいいだろうと思っていた。

「――」

わざとらしく大きなため息をついて、ナインが黙った。
所在なげに佇んでいる。

それでも私は顔を上げなかった。

いつもなら、こんな小さな諍いは私が折れてすぐにおさまる。
だけど今日は。

ふわっと私の頭にナインの手がかかった。
そのまま優しく髪を撫でられる。

「・・・わかった。気分が良くなるまで待つから。だから、我慢するな」

優しい、優しい、ナインの声。

――優しい。

こんなの、私が勝手にショックを受けてやきもちやいているだけで・・・ナインには通じない。
だって、ナインにはちゃあんと決まったひとがいるのだから。

そのひとにも、こんなふうに優しくするのかな。

こんなふうに髪を撫でるのかな。

それとも、もっと・・・私にはしないやり方で優しくするのかな。

――相手が恋人だったら。

それはもちろん、そうに決まってて――私はあまりにも自分の思考が幼くて情けなくなった。
ナインが自分の恋人に、私にするのと同じように接するわけがないじゃない。
だって私は「仲間」であり「妹」であって、恋人ではないのだから。