――なんだか疲れちゃった。 ただ買い物に来ただけなのに、色んなことが一度に起きた。 ナインに決まったひとがいる。 そんなの、ずっと前からそう思っていた。きっと、素敵な恋人がいるに違いない、って。 なのに。 ・・・どうして、こんなに苦しいんだろう。 今まで、ナインにそういうひとがいるとは思っていても、実際に見た事がなかったから? 『たくさんはいないよ。――ひとりだよ』 ひとり。 ナインの恋人は、ひとりだけ。 いつも決まったひとと会って、決まったひととデートして、そうして・・・ 「――ホラ。これ飲んで」 目の前にペットボトルが差し出された。スポーツドリンク。 「・・・ありがとう」 心配そうなナインの顔を見ると、やっぱり胸の奥が痛くなったので慌てて顔を背ける。 ナインはいつも優しい。 「風邪かもしれないな。帰ったら博士に診てもらわなくちゃ」 優しくしないで。 放っておいて。 じゃないと―― 「大丈夫って、大丈夫じゃないだろう?」 やめて。 お願い、優しくしないで。 ――誤解してしまう。 「フランソワーズ。聞いてる?」 怒ったような声が降ってくる。 「――」 わざとらしく大きなため息をついて、ナインが黙った。 それでも私は顔を上げなかった。 いつもなら、こんな小さな諍いは私が折れてすぐにおさまる。 ふわっと私の頭にナインの手がかかった。 「・・・わかった。気分が良くなるまで待つから。だから、我慢するな」 優しい、優しい、ナインの声。 ――優しい。 こんなの、私が勝手にショックを受けてやきもちやいているだけで・・・ナインには通じない。 そのひとにも、こんなふうに優しくするのかな。 こんなふうに髪を撫でるのかな。 それとも、もっと・・・私にはしないやり方で優しくするのかな。 ――相手が恋人だったら。 それはもちろん、そうに決まってて――私はあまりにも自分の思考が幼くて情けなくなった。
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