ナインは、私の事を「ひとりの女の子」としては絶対に見てくれない。

可愛いとか、綺麗とか――たまに言ってくれるけれど、それはそう言わないと私が傷つくと思っているから、だから・・・彼の「保護者」な気持ちから出た言葉。
だから、そんなことで誤解してはいけない。
たくさん心配してくれるのだって、私が彼の「仲間」だからで・・・

ナインの周りに他の女の子の影がはっきりと見えていたわけじゃなかったから、私は今まで平気だった。
ナインが合コンに行っても。
今夜デートなんだ、って言っていても。
何にも思わなかった。

だけど。

ナインにちゃんと恋人がいた。
ひとりだけ、そういうひとがいる、って自分で言った。
私なんかと歩いている所を見られても全然平気だと笑って。
きっと、誤解されるかもしれないなんて心配をしなくてもいいくらい、愛されていて、・・・愛していて、信頼しあっているのだろう。

――どんなひとなんだろう。

ナインにそんな風に思ってもらえるひとって。

きっと、綺麗で優しくて大人で・・・素敵なひとなんだろう。私とは似ても似つかない。

――どんなひと?

ナインが好きになるひとって――どんなひとなの?

凄く訊いてみたかった。
でも、やっぱり訊けなかった。
訊くのが――怖い。

私の髪を撫でるナインの手が止まった。

「――?」

思わず、上を向いてナインの顔を見てしまう。
すると、ナインも私のほうを見ていて――目が合ってしまった。

「・・・少しは良くなった?」
「う・・・ん」
「歩ける?」
「・・・ええ」

気分は最悪だったけれど、これ以上ナインに無駄な心配をさせたくなかった。
落ち込むのは、自分の部屋に帰ってからすればいい。いまここではなく。

「ごめんなさい。――大丈夫よ」

試しに笑ってみる。
なんとか笑顔を作れた。

 

***

 

再び手を繋いで歩く道。
ギルモア邸に続く長い坂道をひたすら歩く。

・・・ナインの好きなひとって、どんなひとなんだろう。

彼の横顔をそうっと――気付かれないように――見つめて思う。

今度、訊いてみようかな。
「仲間」として。
「妹」として。

私の気持ちが、もっと――落ち着いたら。
そうすれば、きっと訊けるだろう。

「――あのさ、スリー」
「なあに?」
「その・・・ハヤシライスを作る元気はある?」
「ええ。大丈夫よ。ちゃんと作れるから心配しないで」

そう答えると、ちらりとこちらを見た。嬉しそうに。

「やった、良かった。――ずうっと楽しみにしてたんだ。食べられる日を」
「大袈裟ね。言ってくれればいつでも作ったのに」
「本当!?」
「本当よ」
「よーし、今日は僕も手伝うぞ」
「要らないわ。返って邪魔よ」
「ええっ。ひどいなぁ」
「ナインは大人しく待っててちょうだい。セブンと一緒に」
「また?たまには手伝わせてくれよ」
「イヤよ。お湯も沸かせないひとにお手伝いなんてさせられないわ」
「失敬な。お湯くらい沸かせるぞ」
「ハイハイ。・・・いいから、そういうお手伝いは恋人にしてあげて。私じゃなくて」
「何言ってるんだよ、スリーは」

にこにこ笑うナイン。
きっと、好きなひとの事を思い出しているのに違いない。

だって、嬉しそうに幸せそうに笑うから。
だから、私は――胸が苦しくなる。

「だから手伝うんじゃないか」
「もうっ・・・ナインったら。そういう言い方をしたら、誤解されるわよ?相手が私だからいいけれど」

思わずそう言うと、ナインは私の顔を一瞬見つめ――そうして、繋いだ手にぎゅっと力をこめた。

 

「大丈夫――誤解じゃないから」

 

――え?
「ナイン、それってどういう――」
「あのさ」

ナインは前を向いたまま、私の言葉を強引に遮る。

「ハヤシライス、おかわりしてもいいかな」
「え?ええ、大丈夫――たくさん作るから」
「そう、良かった」
「もう・・・そんなに心配?」
「だっておかわりできないなんてイヤだからさ」

それからずっと、ギルモア邸に着くまでハヤシライスの話だった。
だから、ナインの言葉の意味は――わからないままだった。

 

ねぇ、ナイン。
私・・・誤解しても、いいのかな。