「好きと言ったら負け」

 

 

 

「好きと言ったら負け?なんだそりゃ」


いつものように朝からコーヒーを飲みにきたナイン。
――ではなくて、今日は午後11時のギルモア邸訪問となったナインである。
いつもの日課の「朝はフランソワーズのいれたコーヒーから」が今日は用事があって叶わず、ナインはすこぶる不機嫌であった。


「ちょっとしたゲームよ」
「ゲーム?」
「好きって言ったらマイナスなの」
「……ふうん」

色々と突っ込みたい点はあったが、なんだかスリーがわくわくしているのでナインは黙った。おかしな設定のゲームであってもスリーがやりたいのなら付き合うしかないのだ。

「負けたらどうなるんだ」
「勝ったひとの言うことをきくのよ」
「……だと思った」
「ね。やってみない?」
「時間制限は?」
「そうねぇ……今日中」
「今日?あと一時間ないぞ」
「だってジョー、帰っちゃうでしょ」
「そりゃまあ……」
「だから。一時間の勝負。ね?」
「……わかった」

途端に静かになるリビング。
夜にコーヒーなんてダメよと言われ、しぶしぶカフェオレにしたナインのそれを飲む音だけが響く。

「何か普通に話したらいいんじゃないか」
「ダメ。気を抜いたら負けちゃうもの」
「そんなに勝ちたいのかい」
「そうよ!ジョーに勝てる機会なんて早々ないもの!」

そうして無言のまま、じっとナインを見つめるスリー。
顔に穴が空きそうだなとぼんやり思いながら、ナインは悠然とカフェオレを楽しんだ。
彼にとってこの時間は単に飲み物を楽しむのではなく、スリーと時間を共有することに意味がある。だからどんな無理難題をふっかけられようが彼女が楽しそうならそれでいいのだが。

ナインはちらりと時計を見た。あと数分で日付が変わる。
スリーはそれがわかっているのか、どこか必死にナインをみている。


「――好きだ」


ぼそりと言った瞬間、日付が変わった。

「きみの勝ちだ。フランソワーズ」

しかし、スリーはなんだか浮かない顔である。

「ずるいわ、ジョー」
「え?」
「ぎりぎりにそんなの。勝負を捨てたみたいじゃない」
「そんなことないさ」
「だって、……わざと負けたんじゃないの?」
「まさか。本気の勝負さ。この僕がそんなことをすると思うかい?」
「思わない、けど。……でも。だったら」
「うん。時間を読み間違えたな。完敗だ」

残念そうに言うと、スリーの顔が明るくなった。

「じゃあ、私の勝ちね?」
「そうだな」
「ジョーは私の言うことをなんでも聞くのよ?」
「了解した」

しぶしぶ言うと、スリーは勝ち誇ったように瞳を輝かせた。

「じゃあ、ね」

少しも考える風もなく、スリーは続けた。

「今日はギルモア邸に泊まっていって」
「え?……それは構わないが、しかしミッションでも何でもないんだぞ。それってちょっと抵抗が」
「ダメ。ジョーは負けたんだから言うことを聞くのがきまりよ」
「仕方ないな……わかったよ」

そう、こうなることはわかっていた。
名残惜しそうな寂しげな瞳に気付かずにいるほうが難しい。
なんの脈絡もなく提案されたゲーム。
負けないわけにいかなかった。

いつものように朝に顔を見ることができなかった日の一日は長かった。
が、そう感じていたのは自分だけではないことを確信した夜だった。

 


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