「海」
〜2009年夏休み特別企画より抜粋・旧ゼロ編〜
(海で遊んだ後のホテルにて)
「わあっ。ここからも海が見えるのね!」 部屋に入ると、壁一面がガラスになっている向こう側を見つめ、スリーは声をあげた。 「そうだね」 海なんて見慣れているじゃないかと思いつつ、ナインは荷物を置いた。 窓ガラスに額をくっつけるようにして眼下を見つめているスリー。しばらくしてくるりと振り返ると、今度は隣のベッドルームを見て、ベッドが大きいわと言い、バスルームを見て広くて綺麗と感嘆した。 「ねえ、バスローブもあったわ。あと、パジャマも。浴衣じゃなくて良かったわね、ジョー」 意外にも浴衣を着て眠る事に慣れているスリーであった。 「お茶いれるわね」 ナインの視線を避けるように言うから、ついナインは笑ってしまった。 「なあに?」 紅茶をいれて、カップをナインの前に置く。 そんなスリーをちらりと見つめ、ナインはカップに手を伸ばした。スリーの肩がびくんと揺れる。 「・・・そんなに緊張しなくても、何もしないよ」 苦笑混じりに言う。 えっ、とこちらを向くスリーの赤い頬が可愛らしい。 「え、でも・・・」 驚いたように見開かれる瞳。 「今日は疲れたからね。早く風呂に入って寝よう」 欠伸混じりに言うと、スリーはほっとしたように微笑んだ。 「そうね。朝も早かったし」 そして、スリーに先にバスを譲り、ナインはひとり残った。
・・・今回は、ね。
雰囲気に呑まれてなし崩しに・・・というのは避けたかった。 なによりも大事な女の子だから。 だから、僕は・・・
「ああ、いいお湯だった。ジョー、どうぞ」 バスローブ姿で濡れ髪のスリー。頬が上気して肌が薄いピンクに染まっている。
***
「まあ!ジョー!」
「なに?」 何か変なものでも見えたのかなと思いつつ、ナインがスリーを見た。 「このベッドって、もしかして・・・ダブルベッド?」 何をいまさら。と思いつつナインは答える。 「さっきから、わあベッドが大きい・・・って騒いでいたくせに」 つんと横を向くスリーにナインは苦笑すると、先を促した。 「で?それがどうかした?」 スリーは頬を染めると、ナインをちらと見た。 「だって・・・一緒に寝るんでしょう?」 スリーはナインの手を掴むと、ずんずん歩いてベッドの前まで来た。 「こんなに広いんだもの!」 上掛けをめくり、おやすみフランソワーズと言う。 ナインが電気を消して。 そして闇に包まれた。
が。
確かにナインは、彼女に背を向けていた。なるべくスリーを視界に入れないように。 「・・・なんだか寂しいの」 ナインは無言で体を回し、スリーの方を向いた。 「ねぇ、ジョー。・・・近くに行ってもいい?」 するとスリーはナインに近付いた。そして。 「手を繋いでいても、いい?」 そういう間にも、スリーはナインの手を握りしめると、そのままナインの肩にこつんと額を寄せた。
・・・神様。 いるのかどうかわからない神様。
そして、少し泣いた。
***
いきなり白い光に晒され、ナインは思わず目を腕で覆った。 そして。 「いいお天気!気持ちいいわよ」 爽やかなスリーの声。 「ねーえ、ジョー。起きて」 鼻にかかった甘えるような声は耳に心地好かったが、しかし眠気の方が勝っていた。 「・・・何時」 八時だって!? 休日の朝八時に起きる習慣はナインには無かった。 ホッペだけなら。 しかし、スリーの寝顔を見ていると、そのくらいならいいだろう・・・と思ってしまう。 うん。 そうして、顔を近付けた。・・・が、寸でのところでやめた。 やはり、できない。 たかがキス。 だからナインは、ひとりまんじりともせず夜明けを迎え、ついさっきやっと眠ったところだった。
低い声で訴える。 「もう、ジョーったらおねぼうさんね?」 ぼそぼそ言うナインに取り合わず、スリーは無情にもシーツを引き剥がした。 「ジョー?・・・もうっ。起きないとちゅーしちゃうわよっ?」
「ジョー?」 スリーの声が随分近くで聞こえた。 「ほぉら。起きてください」 けれどもナインは目を開けなかった。 「もうっ・・・ジョーったら」 そうして、頬に柔らかいものが触れた。 「・・・起きて」 今度は鼻の頭に。 「ジョー?」 ナインはぱっちりと目を開けると同時に飛び退った。顔が赤い。 「いいいいま、ななな何を」 軽く首を傾げたスリーの顔も赤かった。 「ふふふらんそわーず」
ジョーは頭を振ると、ベッドから降りた。
爽やかな一日の始まりだった。
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