「10年後」
「10年後、あなたはどうしていますか?」 けれどもそれは全て「夢」に過ぎなくなった。 以降、夢はみないことにした。 今の――この一分一秒が大事だった。 そして未来というのは、こうして守った一分一秒が積み重なってできるものでしかなかったのだ。 スリーは困ってしまって、でも――嘘でも何か言わなければと口を開きかけた。 その時。 と。 リポーターは答えに窮しているスリーを諦めたのか、改めてナインにマイクを向けた。 そう思ったから、スリーはナインの袖をちょっと引いた。 しかし。 ね?とナインがスリーの顔を見た。 「えっ…」 スリーはソフトクリームとナインを交互に見た。 「何?」 訝しそうなナインの顔。 そう思って、その一瞬後にスリーは納得していた。 だからスリーはおとなしくソフトクリームを舐めた。 リポーターたちはナインの答えに満足したのか、新たなターゲットを求めてどこかへ行ってしまっていた。 くすくす笑うスリー。 「――さっきの。嘘じゃないから」 とポツリと言った。 「え、でも――」 なんともナインらしい強引さだったけれど。 ――10年後も一緒にいようね。 そっと心のなかで言ってみたら。 まるで心のなかを覗いたみたいに。
突然マイクを向けられた。
どうやら街頭インタビューらしい。
「…10年後?」
スリーはちょっと首をかしげた。
何しろ、そんなことは――考えたこともない。機械のからだになってから。
昔の自分はそうではなかった。
きたるべき未来に夢を描いていた。
それは、バレリーナになるというのもそうだったし、もっと単純にどこかに行ってみたいとかたくさん本を読んで物知りになりたいとか、そういう小さなことも盛りだくさんだった。
改造されたあの日から。
明日生きているのかどうかもわからないのに、未来に夢を馳せるなどできるわけがない。
だから。
――10年後、あなたはどうしていますか?
そんなことを笑顔で訊かれても答えようがない。
「全く、この寒いのにソフトクリームが食べたいなんて本当にきみはオコサマだな」
目の前にソフトクリームが差し出された。
「ほら」
「え、あ、…うん」
二人はデート中であった。
スリーがソフトクリームスタンドを見つけて、食べたいなとナインにおねだりしたのでナインはブツブツ言いながらもソフトクリームを手に戻ってきたというわけである。
「ん?何かあったのか?」
場の空気がなんだか気まずいようで、ナインは周囲を見渡した。
何しろデート中はスリーの姿しか眼中にない。
「10年後、あなたはどうしていますか?」
――ジョーだって困るわ、こんな質問。
こんなインタビューは無視して行きましょうという意思表示だった。
「10年後?…そうだなぁ。たぶん、彼女と一緒にいます。今と同じように」
「ああほら、早く食べないと溶けるぞ」
「う、うん」
――だって。10年後なんて未来、どうなっているのかわからないのに。
何しろ相手はナインなのだ。こんな街頭インタビューなぞ適当にあしらって当たり前。
彼らの望むような答えを言ってやっただけのことなのだ。決して彼の本心ではないし、彼の答えでもない。
「美味しい?」
「ええ。…ひとくち食べる?」
「いらない」
「美味しいのに」
ナインは耳に心地良いその笑い声を聞きながら、
「心配しなくても現実になるから大丈夫だ」
「だけど、ジョー」
「この僕がそうすると言ってるんだ。きみは黙って信じてくれればいい」
――10年後も一緒にいる。ジョーと。ずっと。
彼が言うのだったら、何だかそんな夢もみられそうな気がする。
「10年後なんかじゃなく20年後も30年後も100年後だって一緒だ、絶対」
だからきみは何も心配しなくていいんだ――と言われた。