「かぼちゃプリンの日」
「かぼちゃが売り切れだったのよ!」 「…かぼちゃ?」 必死の形相のスリー。 「……別に風邪なんかひかないだろ。僕達はサイボーグなんだから」 スリーは耳を疑った。ナインの口からそんな言葉を聞くとは夢にも思っていなかった。 しかし。 「ジョーのばかっ!」 勢い良く立ち上がると、スリーはそのまま自室へ駆けて行ってしまった。 セブンが少し怒ったように言う。 「いったいどうしたのさ。アニキらしくない発言だったよ」 「……っ」 ナインはがしがしと頭を掻いた。 さてどうしたものか。 スリーは少しだけべそをかいて、そして反省した。 勢いで部屋に駆け込んだものの、そういえば買ってきたものをリビングに置きっぱなしだったと思い出し、スリーはリビングに戻ることにした。 でもそのかぼちゃが手に入らなかったら意味がない。 スリーはしょんぼりとリビングの荷物を手にとりキッチンへ向かった。ちょっと遠出してかぼちゃを買ったほうがいいかなと思いながら。 そうだわ、やっぱり買いに行こうと決意したところでキッチンに着いた。 「楽しみにしてるんだから、頼んだぞ」 いったいどこから、いつの間に? いや、既に風邪気味なのかもしれない。正義の戦士を休もうなどと思いスリーを泣かせるとは。 たぶん、スリーの作るかぼちゃプリンを食べれば元気いっぱいのいつもの自分に戻るだろう。
ギルモア邸に帰ってくるなりスリーが叫んだ。
いつものように我がもの顔でリビングに陣取っていたナインは読んでいた新聞から顔を上げた。
「ええ。今日はかぼちゃがなくちゃ駄目なのに」
「……なんで」
「ええっ。ジョーったら日本人なのに知らないの?」
「何が」
「今日は冬至よ?かぼちゃプリンの日なのに」
「……かぼちゃプリン?」
「冬至の日に食べないと風邪をひいちゃうのよ」
既にナインの目の前に到達し、彼の膝に手を置いて顔を覗き込んでくる。
ナインはため息をつくと新聞を畳んだ。
「えっ……」
僕達はサイボーグなんだから。
でも。
「……人間よ?」
俯いたスリーの声はナインには届かなかった。
だからナインはすっかり油断していたのだ。
「……風邪だってひくし病気にもなるわ」
涙声のスリーが低い声で告げる。
はっとしてナインが姿勢を正しても既に遅い。
ナインの頬には、スリーが立ち上がった勢いで弾けた彼女の涙の粒が残った。
「あーあ。泣かせちゃったね、アニキ」
そうなのだ。
いつものナインなら、自分らがサイボーグだからどうでもいいというようなことなど絶対に無い。
――油断していたのだ。
ほんの少し、正義の戦士を休みたくなっていただけなのだ。
が、だからといってスリーを傷つける気など毛頭無い。
彼女を泣かせるものは誰であろうと決して許さないと思っているのに、まさかそれが自分とは情けない。
思い返せば、今日のナインは少し様子が違っていたような気がしていたのだ。
買い物に出かける前、スリーが何を言っても生返事だった。ちょっと変だなと思ったものの、新聞を読むのに忙しいせいだろうと勝手に納得していた。
しかし、今思えば自分が感じた違和感は正しかった。もう少しナインに注意を払うべきだった。
階段を降りると邸内は静かだった。ナインはもういないのだろうか。
今日は冬至。
だからかぼちゃプリンを作ろう――と思ったのは、煮物ではセブンが食べてくれないのと実はプリンが好きなナインのためであった。
やはり――ナインの言う通りだとしても――冬至にはみんなにかぼちゃを食べてもらいたい。
それに、ここには生身の博士だっているのだ。
そして。
大量のかぼちゃに出会った。
「え…」
どこも品切れだったのに、一体?
「――かぼちゃプリンの日なんだろう?」
背後から声をかけられ、スリーは飛び上がった。帰ったと思っていたナインだった。
「え、これ…」
ジョーが?
「風邪をひいたら困るからな」
ほんの少しの屈託だったけれども、――009には許されないのだ。
だから、これ以上風邪をこじらせるわけにはいかないし、本格的にひくつもりも無い。
たぶん――きっと。
絶対。
でもその前に、いま見たスリーの笑顔だけでじゅうぶん元気になったのはかぼちゃプリンにかけて内緒であった。