高く振り上げられた棒は、狙い違わず目標物に命中した。

手応えを感じたあと、更に一撃を加えた。――が、その瞬間、周囲に赤い飛沫が散った。
素足にかかる、生温かい液体の感触。

――しまった。と、思った時には遅かった。

 

 

 

***

 

 

「アニキ!何やってんだよもう・・・あーあ」

セブンが怒ってナインの周りをぴょんぴょん跳ねているから、余計に被害が拡大していく。

「セブン。そんなことしたら余計、ぐちゃぐちゃになっちゃうわよー?」
食べるところがなくなるわよ、と声をかけつつナインの所へ行く。

「ナインも、もうちょっと手加減してくれないと。――あーあ。もう。ダメね、これ」

スイカは見事に砂だらけで、しかも原型を留めていなかった。
完璧に粉砕されてしまっている。

「もう・・・二人にスイカ割りなんてやらせるんじゃなかったわ」

目隠しを外して、棒にもたれるように立っているナインを見つめる。

「?どうかしたの、ナイン」
「イヤ。別に」

ふいっと視線を逸らせ、そのままスタスタ行ってしまう。

「待ってナイン。足、洗わないと後でベタベタになるわよ?」

聞こえているのかいないのか。
歩く速度を緩めず行ってしまうナイン。
私はクーラーボックスからおしぼりを出すと、ナインの後を追いかけた。

 

  

 

蒼い空に広がる白い入道雲。
その下には熱砂と蒼い海があり、そして――人混みだった。

週末なんかに来るもんじゃない。
大体、僕たちは週末とか休日とか関係がないのだから、何も混んでいることが容易に想像できる日に海に来なくたっていいのに。
ガソリン代が高いから、電車で行きましょうというスリーの提案で重い荷物を持ってセブンと博士とイワンを連れて湘南の海にやって来ていた。
海なんて、いつも目の前にあるのにな・・・

そんな事を思いながら、僕はじっと自分の番が来るのを待っていた。
容赦なく照りつける太陽に半ば閉口しつつ。
――足がべとついて不快だった。

「カキ氷、ふたつ」
「あいよっ。何味かな」
「メロンとイチゴ」

注文して出来上がるまではわずかな時間。
さほど待たされず、僕はそれらを両手に持って今来た道を戻ろうとした。
すると。

「あ、ジョー。もう・・・どこに行ったかと思ったわ」

真っ白いビキニを身につけたスリーが立っていた。手にはおしぼりを持って。

「足がベトベトでしょ?」

有無を言わさず、そのまま近くの海の家へ連れ込まれてしまった。
僕を座らせ、そのままかがんで足を拭こうとするから、驚いた。

「氷が溶けるから、こっちが先だ」
「ん・・・そうね」
「ン。どっちか好きな方」

スリーの前に両方を差し出すとメロンを受け取った。

しばらく無言で、並んで氷をつつく。

「・・・ねぇ、ジョー?」

彼女は人目がある時は僕のことをナインとは呼ばない。名前で呼ぶ。

「何?」
「それ・・・ひとくち欲しいな」
「――え!?」

思わず見つめると、少し身を乗り出して僕の氷を覗き込んでいた。

「だめ?」
「――自分のぶんがあるだろう?」
「だって、イチゴ味も食べたいもの」
「だったらイチゴにすればよかっただろ」
「・・・両方、食べてみたいんだもん。――ね、ひとくちちょうだい」

――まったく。こういう時のスリーは子供みたいだ。言い出したらきかない。

「・・・しょうがないな。――ホラ」

 

       

 

――え?

てっきり、氷の入った容器ごと差し出されると思ったのに。
ナインは自分のスプーンでひとくちすくうと私に差し出したのだった。

え?

これって、

これって・・・つまり。

ナインのスプーンから直接・・・ってこと・・・よね?

一瞬のうちに様々な思考が脳内を駆け巡る。
このまま固まっていたら、スプーンを差し出したナインが気まずい思いをしてしまう。だから、私は別に大したことじゃないわ・・・という顔をして、口にするしかないわけで。
そう、別に大した事じゃないわ・・・って。

「――」

えい、という思いで氷を口に入れた。ナインのスプーンから。
いきおい、周りから見ればナインに食べさせてもらった形になる。
まるで――仲のいい恋人同士のように。

「・・・ん。おいしい」

そうして私は自分の氷をひとくちすくって、ナインに差し出した。
だってこういう時・・・ひとくち貰ったら、お返しにひとくちあげるもの・・・でしょう?

「――はい」

 

      

 

えっ。

何で?

僕は目の前に差し出されたスプーンを信じられない思いで見つめた。

これって、つまり。

――このまま食えということだよな?

たった今、自分がしたことに対してスリーがとった行動も信じられなかったのに、更にこんなことが――

ちらりとスリーを見つめると、微かに頬が赤くなっているものの僕が食べるのが当然、というような顔をしていた。
僕がこのスプーンから食べるのを――待っている。

「あら、ジョーはメロン味要らない?――じゃ、あげない」

あっさり言って引っ込めようとするから、思わずスプーンを口に含んでいた。
――甘い。

「・・・メロンだな」
「当たり前でしょう、メロン味なんだから」

変なジョー。と言いながらコロコロ笑う。
そしてそのまま、氷をすくって自分の口に――

「・・・はい。あーん」

――自分の口には持っていかず、なぜかまた僕に食べさせようとする。

「え、いいよ。甘いし」
「だってもうひとくち欲しいんだもん。だから、先にジョーにひとくちあげる」

 

      

 

微かに頬の赤いナインの顔を見つめ、自分はもしかしたらとんでもなく大胆なコトをしているのかもしれない。と思っていた。
こんなの、女友達では当たり前にしていることなのに。――他人の食べているのをひとくちもらう、って。

だけど、考えてみればナインは男で・・・こんな子供っぽいことをしたら呆れられてしまうかもしれなかった。

「――しょうがないな」

言って、ナインがぱくりと氷を食べた。

「ん・・・やっぱり甘いな」

ふと、目が合った。
ナインは微かに笑うと

「そんな顔しなくても、ちゃんとひとくちやるって。――ホラ」

そうして、自分のスプーンで氷をすくって、そうして・・・

 

「あー!!いったい二人で何してんだよ!」

 

ナインのスプーンを口にした途端に、目の前にセブンが現れた。

「っ!!」

突然の事に、私もナインもフリーズしてしまった。
――ナインが私にスプーンを差し出し、それを私が口に含んでいる、という図のまま。

「オイラに内緒でカキ氷なんてひどいや!!なんだよ、二人ともイチャイチャしちゃってさ!」

 

・・・イチャイチャなんて、してないもん。