「ワイン」
「ワインバー?」 耳慣れない言葉に、確認するかのようにもう一度聞き返す。 「私と?」 電話の向こうの声が信じられなくて、念をおすように。 「そう。今夜あたりどうかな」 急に言われても困る。 「何か予定が入ってる?」 心配そうな声が響いて、私は弾かれたように答えていた。 「ううん、大丈夫よっ・・・」 一体何時に迎えに来るのか聞きそびれたことに気がついたのは、電話を切ってしばらくしてからだった。 どういう話の流れでそうなったのか、はっきりしたきっかけはわからない。ただ、そもそもの初めは、ワインについて何か話していたような気がする。
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迎えに来たナインは、黒いシャツに白いジャケットで、まるでホストみたいだった。実際のホストがどんな格好かなんて知らないけれど。 私の格好を見たナインは、一瞬顔をしかめて何か言いたそうだったけれど、結局何も言わずに車に乗り込んだ。今日はナインの車ではなく黒塗りのタクシーだった。 並んで後部座席に座る。 「あの・・・ジョー?」 ナインがびっくりしてこっちを見るから、しっかり目が合ってしまった。 「ほら、私・・・ワインバーに行くのなんて初めてでしょう。どんな格好で行ったらいいのか、わからなくて」 そうっと目を上げると、ナインは一瞬微笑んで、でもすぐに前を向いてしまった。 ――やっぱり変だったのかな。戻って着替えた方がいいのかもしれない。 「別におかしくない。――似合ってるよ」 けれども、言葉とは裏腹にむすっとしたまま前方へ視線を固定し、こちらを見ない。 「でも、そのデザインはちょっと気になるな」 デザイン? 「――胸元が開きすぎてる」 胸元の布をつまんでみる。いつもより、ちょこっと開いているけれど、そんなに言うほどじゃないと思うんだけど。 「そういうのは、もう少しメリハリのある人が着た方が似合う」 どうせ胸が小さいですよ。と、唇を尖らせていると、ナインは大笑いしてからポツリと言った。 「だから今日は、僕のそばを離れちゃダメだ」 「どうして?」 首を傾げてナインを見つめていると、その横顔が微かに赤くなった。 「こ、――コドモが来ていると思われたら困るだろう?」 かあっと頬が熱くなる。 「もうっ。ジョーの意地悪!!」 胸が小さいってそんなにからかわなくてもいいじゃない。自分ではそんなにナイ方だとは思っていなかったのに。 そう思うと何だか胸の奥がもやっとしたので、考えない事にした。 「――ねぇ、ジョーはよく行くの?その・・・ワインバーに」 そして今日、こうして一緒にワインバーに向かっているわけ・・・だけど。 何だかナインの言葉を聞いていたら、あまり楽しいとはいえないことを思いついてしまった。 私は、誰かの代わりなのだろうか? ――ううん。 いけないわ。 そんな卑屈なこと、考えちゃダメ。 そんな私の変な妄想を全く知らず、ナインは呑気な声で続けた。 「フランソワーズは、確かワインバーって行った事がなかっただろう?だからいつか、絶対連れて行こうって思ってたんだ」 私はびっくりして、ナインの横顔をただ見つめていた。 「きみが初めて行く所には、僕も一緒に行かないと」 そう言って、それっきり黙った。 私が初めて行く所にはナインも一緒に行く。 そうじゃないと落ち着かない。――ナインが。 ねえ、それってどういう意味・・・と訊こうとしたところで、車は目的の店に到着した。
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そのまま訊けずに胸にしまった疑問は、いまも私のなかに澱のように残っている。 ・・・笑えていたら、いいのだけど。
それがどんな結果でも。
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