「そばにいて」
「じゃあ、また」
手を挙げて車に向かおうとしたナインのジャケットの裾が引かれた。
「待って」
ナインが不自然に止まる。
「・・・どうかした?」
優しく言うのに、スリーはうつむき加減で小さく言った。
「まだ、行かないで」
「・・・え」
「もう少し、ここにいて」
「・・・それは構わないけど」
午前八時の話だった。
いつものようにギルモア邸にコーヒーを飲みに来て、いつものように帰る。
そんな時間帯。
玄関を出てすぐの所に止めてある車。
しかしナインはそこまで行き着けないでいた。
ジャケットの裾を握り締め、ぎゅっと唇を噛み締めているスリー。頬が赤い。
「・・・フランソワーズ?」
ナインの声にびくんと顔を上げる。
「・・・だって、」
「また来るよ?」
「ええ、知ってるわ。でも・・・」
それでもナインのジャケットを離そうとはしない。
困ったなあと思いつつ、ナインは向き直り、スリーの手を掴んだ。
そうしてゆっくりジャケットから引き剥がしてゆく。
「・・・ジョー」
スリーの顔が歪む。
「しょうがないなあ」
ナインは笑うと、スリーの手を引いた。
つんのめるようにナインの胸に飛込んだスリーは、驚いて目を丸くした。
「ジョー?」
「ん、なに?」
「あの、だって・・・怒らないの」
「え?」
「・・・私、ワガママ言ったのに」
「こういうのはワガママって言わないよ」
優しくスリーを抱き締める。
「ワガママっていうのはね、こういうのを言うんだ」
ナインはすうっと息を吸い込むと、スリーの髪に顔を埋めるようにして言った。
「帰りたくない」