「君だけを」 


―1―

 

去年はネックレスを贈った。さて、今年は何を贈ろう――?

 

ナインは大きくため息をつくと、地下2階から地上3階までの吹き抜けに立つ巨大なクリスマスツリーをじっと見つめた。3階の手すりにもたれるようにして地下2階を覗くと、昨年と同様にクリスマスソングを演奏しているカルテットが見えた。
誰もが足を止めて、流れてくる曲に耳を傾け、微笑み合っている。
目の前には真っ白いクリスマスツリー。
クリスマス前の横浜クイーンズスクエアは賑やかだった。家族連れ、カップル、あるいは友人同士。誰もがクリスマス前のうきうきした気分に浸っており、楽しそうにプレゼントを選び合う。平和な光景だった。

ナインは再びため息をついた。
最近のナインは常にため息をついているようなものだった。普段の彼なら憂鬱などという言葉とは無縁なのだが、ここのところはすっかり仲良くなってしまっている。

――本当は一緒にいるはずだったのに。

未練がましく自分の隣を見たところで、そこには空間があるばかりで期待していたような奇跡はおきていない。
薄くピンクに染まったふっくらとした頬。きらきら煌く蒼い瞳。拗ねるとちょっと尖らせてみせる唇。
自分の袖を引く白い手。華奢な肩。
思い浮かべたところで、それらを持つ人物が現れるわけもない。

・・・フランソワーズ。

思い浮かべたら胸の奥に痛みが走った。
切なくて、恋しくて――今すぐ彼女に会わなければきっと死んでしまうだろう。と確信させる痛み。
しかし、会うために走り出すわけにもいかなかったから、ナインは唇を噛んで拳をぎゅっと握り締めた。

会いたい。

でも――会えない。

ケンカをしているわけではなかったし、嫌われたわけでもない。もちろん、自分が心変わりしたのでもなかった。
ギルモア邸に行けば、いつものように可愛い笑顔で迎えられるだろう。
しかし。

今の自分では会えない。

何が変わったというわけでもない。
何も変わっていない。
スリーを思う気持ちは以前と同じか――それ以上である。

しかし。

それ故に会えなかった。

恋しくて愛しい気持ちは溢れるほどあるのに、だからこそスリーには会えなかった。
会って、そして――自分がどうなってしまうのか自信が無い。
全くもって自信がないのだ。

いったいどうしてこうなってしまったのか。

どうすればいいのか。

ナインは小さく笑った。唇に微かに浮かぶその笑みは自嘲ともとれるし、あるいは過去を思い出し懐かしんでいるようにも見えた。

――去年の今頃もここにいたんだっけ。

スリーが他の男と出かけたという事実に打ちのめされ、尾行したのだった。そしてこのクリスマスツリーを挟んで彼女を見つけた。それから色々あって、その次は「デート」として一緒にこのツリーを見上げた。
だから、今年も一緒に来ようねと約束していた。
その約束は果たされるのだろうか。
あるいは、反古になってしまうのか。

いずれにせよ、スリーとは会っていない。個人的には。

ミッションの打ち合わせなどでギルモア邸には行っているから、全然顔を見ていないわけでもないし、必要であれば言葉を交わしたりもしている。
でも、それだけだった。
二人きりでは会ってないし、電話もメールもしていない。何しろ用がなければギルモア邸には行かないのだ。
今までは用がなくても足繁く通っていたのに。

ナインとしては、どうあっても会うわけにはいかなかったしそういう気分にもならなかった。
自分自身の問題が解決しない限り、会わないとそう決めた。

――なのにクリスマスプレゼントに悩むあたり、僕もどうかしてる。

渡せるのかどうかわからないのに。

ナインはもう一度大きくため息をつくと踵を返した。