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世界が激変した。
各国の首脳陣がいっせいに退陣したのだ。しかも原因もみな同じ――神経症で。

「これは・・・何か変じゃないか」

ギルモア邸ではテレビのニュースを見ながら会議が行われていた。
もちろん、各国のゼロゼロナンバーたちもオンラインで参加している。

「うん。作為を感じるな」

ナインの言葉に全員が彼に注目した。
とはいってもギルモア邸の会議室にいるのは001と博士、スリーとシックスとセブン、そしてナインだけであるが。

「作為ってどういうことさアニキ」
「世界中がいっせいに同じことを言うなんておかしい。結託しているならともかく――」
「でも結託するようなことは何もないはずよ?メリットがないわ」

スリーの声に頷いてから、ナインは身を乗り出した。

「001、君はどう思う。いま世界が何か・・・ニュースには載らない何かの脅威にさらされているとかそういうことはないか」
「ン・・・ナイヨ」
「そうか。極秘事項は何もない・・・か」

ううむと唸り、ナインが自分の考えを検討し始めた時、001が口を開いた。

「ソウイウ脅威ハ無いケド、トアル組織ガ実験シテイルコトハアル」
「組織?」
「実験?」
「ソウ・・・オオガカリナ人体実験ダ」
「それっていったいどんなものなの、001」
「精神ヲ虚脱サセテ思考能力ヲ奪う実験」
「何だって!?」
「各国首脳二対シテ使用サレタ形跡ガアル。ガ、証拠ハ無い」
「証拠って・・・それはつまり」
「ソウ。超能力ト関係ガアルノダ。能力ヲ増幅スル機械ガ存在シテイル」
「そんなのっ・・・人の気持ちをコントロールするなんて駄目よ!」
「つまりその増幅機械の実験ってことかい?」
「ソウダ」
「じゃあ、実験で効果があれば機械の量産体制に入るって事になるんじゃない?そんなこと、許せるもんか!」
「セブンの言う通りだ。なんとしても阻止しなければ」

そんなわけで、その機械が量産される前にそのシステムと組織を壊滅させることに決定した。

 

***

 

会議が終わった。
誰が何をするのか役割分担も行い、あとは決行するのみだった。

「――じゃあ、また」

夜もすっかり遅くなっていた。
最後に会議室を出たナインが片手を上げて去ってゆく。
スリーはその後ろ姿を見つめ、小走りで彼の後を追った。ナインが車に乗り込む手前で追いついた。

「ジョー。待って」
「何?」

くるりと振り返ったナイン。
黒い瞳にじっと見据えられ、スリーは一瞬言葉に詰まった。

「・・・ううん。別に用ってわけじゃないの。ただ」

ただ――おやすみなさいと言いたかっただけで。

しかしそれは胸の奥にしまわれたまま言葉にはならなかった。

「・・・おやすみ」

ナインは小さく言うとひらりと車に乗り込んだ。

「あっ、待って」

慌てて車のドアに手をかける。

「その、」

不審そうにこちらを見つめるナインにスリーは一回深呼吸をした。

「その・・・最近、コーヒーを飲みに来ないでしょう?だから、どうしたのかしらって思って、それで」
「・・・別に。フランソワーズが気にすることじゃないよ」
「でも」
「ただ時間がないだけなんだ。最近、忙しくてね」
「――そう。だったらいいんだけど」

そうしてぎこちない笑みを浮かべ、スリーは車から離れた。

「なんだか私、」

避けられてるような気がするの。

「――また寄るから。心配するな」

微笑むナインを見つめ、スリーは大きく息をついた。

「そうね。そうするわ」
「じゃあ、また」

そうして去ってゆく車を見つめ、スリーはいつまでも動けなかった。

最近、二人きりで会っていない。
今のような会話さえ、こうして追ってこなければできないのだ。
しかも、いつもはおやすみのキスだってあったのに今は髪に触れることもしない。

いったいナインはどうしてしまったのか。

スリーにはさっぱりわからなかった。