―4―

 

僕はフランソワーズの肩を乱暴に掴んだ。手加減しなかった。
彼女の顔が苦痛に歪む。でも緩めない。そのまま突き飛ばすようにして引き剥がした。

ヤツの腕の中から。

「っ、ジョー!」

不安そうな顔をヤツに向けて叫ぶフランソワーズ。
突き飛ばされて転んだくせに、心配するのか。僕ではなく、ヤツを。


「やめて!!」


やめろだって?

何故?


「違うの、彼はっ・・・」


はん。
彼が――なんだって?

自分の大事なひとだから傷つけるなとでも言うのか?

フランソワーズ!!

僕は握った拳をそのまま――ヤツの顔面めがけて叩き込んだ。
フランソワーズの悲鳴が耳に響く。


どうしてなんだ、フランソワーズ。きみは――僕よりヤツのほうがいいというのか。

 

そんな――

 

――そんな。

 

そんなことってあるのか。

 

・・・フランソワーズ。

 

「もうやめて、お願い!」


フランソワーズの顔が涙に濡れている。きみは――ヤツのために泣くのか。
僕はその事実に打ちのめされた。


もう――どうなってもいい。


彼女に軽蔑されようが嫌われようがどうだっていい。
どうせ、いまこの瞬間にも――彼女はヤツの味方なのだから。

おそらく僕は、半分笑っていただろう。怒るより、泣くより、なんだか自分が滑稽で笑うしかなかった。

僕は――ずうっと、ずうっと、きみのことが好きだよ。フランソワーズ。
だけど、きみは・・・

そうじゃなかったんだね。

僕は、きみを好きだという男達のなかのひとりにすぎなくて、きみにとっては特別でもなんでもない存在だった。
それに気付かなかったなんて、僕はなんてばかなんだろう。きみと付き合えた――と、有頂天になって。


ばかだ。


本当に、ばかだ。


こんなことになっても、きみを嫌いになんてなれない。


だって、きみは本当に――可愛くて――可愛くて、僕にとって誰よりも――

 

・・・・本当に、大切な女の子なんだ。

 

だから、――嫌いになんてなれないよ。フランソワーズ。

 

こんな場合なのに、僕はきみから目を離す事ができないでいる。
他の男の腕のなかにいたきみを。
他の男を思って泣くきみを。

そんなもの、見たくないのに。

――泣き顔なんか。

僕のフランソワーズ。

お願いだ、泣かないでくれ。
僕はきみが泣かないでいるためなら、なんだってできる。なんだって――やってやる。

・・・でも。

いま、きみが泣いているのは僕のせいなんだよね?
僕がきみの大事なひとを傷つけているから、だから――

胸が痛い。
締め付けられるようだ。

ヤツを殴った拳から血が出ていたけれど、そんなものより胸の奥が焼けるように痛くて、フランソワーズの涙が痛くて、痛くて痛くて痛くてもう何も考えたくなかった。
もう何も考えたくない。痛くて――全身の毛穴から血が出ているような、あるいは涙が出ているような、苦くて苦しくて辛くて――辛い・・・苦しい。

フランソワーズ。

僕の。

大事な。

可愛い・・・女の子。

きみしか要らない。

きみしか欲しくない。

だけど僕はきみにとって不要な男だった。
いや――そんな事実はどうでもいい。僕なんか、きみにとって取るに足りない存在でじゅうぶんだ。だから、お願いだからフランソワーズ。

どうか――泣かないでくれ。

 

僕は息が詰まるほどの苦しみのなかで、ただフランソワーズが泣かないようにそれだけを願っていた。

 

お願いだから。

最後にちょっとだけでもいいから・・・

笑ってくれないか?フランソワーズ。