―8―

 

「――それで?きみはその窮地をどうやって抜け出したんだい?」


ギルモア邸のリビング。
温かい陽射しの午後、ナインはソファにゆったりと座り、私の淹れたコーヒーを飲んでいた。


「私は何もしてないわ」
「そうなのか?だったら、・・・イワンか」

イワン。
確かに、ナインを救出したのはイワンだった。
敵の精神兵器を破壊して、ナインの悪夢をそのまま敵へ向けた。
でも、彼がしたのはそこまでで、ナインが助かったのは彼の力ではない。

「イワンは兵器を壊しただけよ。後は何もしてないわ」
「え?だったら、僕はいったい・・・」

訝しげに眉を寄せるナイン。

「・・・もしかしたら、これも現実ではないのか・・・?」

カップを持つ手が震えた。だから私は、急いでナインの隣に座り、両手で彼の手を握り締めた。カップは彼の手から静かに引き剥がしてテーブルに置いて。

「違うわ。現実よ?」

そうして、ナインの手に唇を寄せる。ナインはくすぐったそうに手をひっこめようとする。でも、離さない。

「――あのね。ジョーは自分の力で勝ったのよ」

そうなのだ。
ナインは精神波攻撃にあって、廃人になりかけていたのだけど。
だけど、自分自身の力で立ち上がったのだ。

私はその時のことを思い出して胸が熱くなった。

後に博士とイワンが語ったところによると、それこそが彼の、ナインの「思いの根源」であり、彼の中の最も大切な侵さざるべき強い部分なのだという。彼は、それがあるから立っていられる。敵に向かっても行ける。
それほどまでの、強い思い。
精神兵器にも負けない、打ち勝つ強い思い。

「自分の力?」
「ええ」
「――憶えてないな」

首を捻って思案顔のナイン。
そう、彼は覚えていない。たぶん、それは――彼の中では、常に最奥に置かれ大切に守られているものだろうから。
きっと、彼自身でもわかっているのかわかっていないのか――そういうものなのだろう。

私は偶然、知ってしまったけれど。


「・・・うわっ。フランソワーズ?何泣いてるんだ」
「・・・いいの。放っておいて」
「いや、だって」
「いいの。大丈夫だから」
「でもっ・・・!」

私はナインの胸に顔を埋めて彼のシャツを濡らした。
ナインは黙って胸を貸してくれて、そして――そうっと背中に腕を回した。
あったかくて、安心する。


私はナインが好き。


彼を守るためなら、なんだってするわ。
だって、大好きなんだもの。

本当よ?


大好きよ、ナイン。

 

「・・・スリー。フランソワーズ。泣かないで」

耳元でナインが優しく言う。あやすみたいに。

「何も怖いことなんかないんだよ?――僕がいるんだから」

私は頷いて泣きやむつもりだったのに、ナインの言葉を聞いて余計に涙が溢れてしまった。

そう――私にはナインがいる。

 

いつも。

 

これからも、ずっと。

 

 

 

***

 

***

 

***

 

 

精神波が乱れ、ぼろぼろになった009は私の腕からゆらりと立ち上がった。
本当なら、絶対に立ち上がれないはずなのに。何故なら、彼の心はもうとっくに――壊れているのだから。
自分の意思や思想や自我なんて、残らず破壊された――はずなのに。


「・・・・・誰だ」


地を這うような低い声。本当なら、もう声を出す気力なんて残っていないのに。
敵の示す009の精神生命力はゼロどころかマイナスを指していたのに。

ゆらりと立ち上がり、ぐるりと360度を見回す009。
前髪の間から光る鋭い黒い瞳。


「――フランソワーズを泣かせたのは・・・誰だ!!」


ゆっくりと009の瞳に生気が戻ってゆく。


「僕の・・・を泣かせたのは、誰だ」

 

そうして009は自身の力で、自身の持つ精神力で、精神兵器に打ち勝ったのだった。