―9―

 

 

「・・・ほら。フランソワーズ。――泣かないで」

ナインの声が響く。・・・けれど、私はなんだかぼんやりしていた。


・・・だって。


「もうっ・・・ジョーったら」
「だってきみが泣いているからさ」

放っておけないよ――そう言って、おでこにキス。

「ん。ジョー。もう泣いてないわ」
「――そうかな」
「そうよ」
「よく顔を見せて――」

そうして私の顔を両手ではさんで上向かせて――再び唇を重ねた。深い深い、恋人同士のキス。

・・・ねぇ、ジョー?
さっきから何回目かしらね、このキスをするのって。

 

 

***

 

――そういえば、今日はクリスマスイブだったんだなぁ。

僕はぼんやりと思いだしていた。
何しろ、ミッションがミッションだったから、ギルモア邸にいつもあるはずのツリーも何もない。僕がもみの木を用意しなかったせいもあるが、珍しくスリーもセブンも催促しなかったから、すっかり忘れていたのだ。

僕は胸に抱き締めたスリーの温かさを感じていた。

スリーに会ったら僕はどうかなってしまう。きっとまた――彼女の気持ちも考えず、自分だけの快楽を追及し溺れるだろう。だから、会わないとそう決めていたはずだった。
その決心は今も揺らいではいないけれど、だけど久しぶりに会ってこうして触れ合ってみると意外にも自信を持つことができた。

僕はスリーと一緒にいても大丈夫だ。と。

一番大切な女の子を泣かせたくない。だから、僕は彼女に触れない。彼女に会わない。そう固く心に決めていた。
だけど、いまこうしていても――自分勝手な愛情に流されはしなかった。
キスをしても大丈夫だった。
確かに、足りなくて何度も何度もキスを交わし求めたけれど、でもそれだけだった。
スリーが見えていないわけじゃない。ちゃんと彼女の息遣いを聞いて、表情を見て、大事に大切に抱き締めることができた。

・・・なんだ。簡単なことじゃないか。

 

「・・・ジョー?どうかしたの」

目尻に涙を溜めているけれど涙は止まっているスリーが僕の胸から顔を上げる。頬が上気してとても綺麗だった。

「うん?別に――どうもしないよ?」
「そう?・・・良かった。ずっと何か悩んでいるみたいだったから」
「うん?」
「だって・・・独りで考え事をしていることが多かったし。一緒にいても迷惑そうだったから」

――そんな風に見えていたのか。

「避けられてるのかしら、ってちょっと思ったこともあるけど、でも・・・きっとそうじゃないわ、って思ったの」

確かに避けていたのだったけれど。

「嫌われたわけじゃないってわかっていたから、きっと何か他の理由があるんだわ、って」
「・・・フランソワーズ、その」

僕は小さく咳払いをするとじっとスリーの目を見つめた。

「――その。・・・ミッションに入る前に、その・・・きみと仲良くしていた時の事なんだけど」

きょとんと見つめる蒼い瞳。邪気のないその無垢な瞳は僕を落ち着かなくさせる。

「その・・・すまなかった。僕はたぶん、自分のことしか考えてなくて、だから――自分を許せなかったんだ」

そう――僕は深い自己嫌悪に陥っていた。
自己嫌悪にどっぷり浸ってしまって、スリーが全ての原因であると決め付けて自分の精神の安定を保とうとした。
だから、会わなければ、一緒にいなければ、僕は僕であることに自信が持てて何も悩まなくてもすむのだとそう思っていた。
だから、避けていた本当の理由をちゃんと彼女に伝えてそして――こんな僕でも受け容れてくれるのか、拒絶するのか、判断を仰がねばならなかった。

「・・・何のこと?」

なのにスリーは無邪気に問い返すばかりだった。

「だからその。・・・前にきみが泊まっていった時のこと・・・なんだけど」

スリーは無言でちょこっと首を傾げ――ああ、何て可愛いんだ――そして一瞬後にはにっこり笑んでいた。

「ああ。あの日のことね?」

彼女の胸にはいったい何が去来しているのだろうか。
僕は黙って彼女の審判を待った。
嫌われるのが怖くて、拒絶されるのが怖くて、避けていたけれど。でも。もう決着をつけなければ。
しかし、そんな僕を待っていたのはあまりに意外な言葉だった。

「ん・・・何を謝っているのかわからないわ」
「えっ!?」

すっかり忘れたというのだろうか。
そんなばかな。
僕にとってはそれこそ――世界がどうなろうがそれどころではなかったのに。

いや。

そうじゃない。

スリーは優しいから、僕に気を遣って「なかったこと」にしようとしているんだ。そうに決まっている。
そんな風に気を遣われるほど僕は痛々しかったのだろうか。

情けない気持ちになった時、スリーが僕の腕に手をかけた。

「ジョー?いったい何が問題なの?」
「何が、・・・ってだからそれは僕が」
「――あのね。ジョー。・・・あの日のことは、そのぅ・・・」

スリーはそのまま僕の胸におでこをつけた。

「――だって。好きだから夢中になってくれたんでしょう?」
「・・・え」
「だから、嬉しかったの。ほんとよ?」