お題もの「あいつとのヤバい15題」より
「今日のふたご座の運勢は――急な雨に注意。傘のご用意をお忘れなく」 そんな朝の占いだった。 「雨に注意って、天気予報かよっ」 軽く悪態をついて部屋を出た。 *** ――傘を持ってきたのに意味が違うじゃないか。 ナインは目の前のスリーを持て余し、頭を撫でようか肩を抱こうかそれとも放っておいたほうがいいのか迷うばかりだった。およそいつものナインとは程遠い。 「ええと、フランソワーズ?」 困ったな、と頭を掻くが良い考えは浮かばない。 ――まぁ、梅雨の時期だし。オンナノコって特に理由がなくたって泣く生物さ。 そう思っていたのだけど。 実はナインはこう見えて、女性の涙に弱かった。 雨はやまない。 しくしくと降り続ける。 そんなに泣いたら目が溶けるよ・・・なんて言ってみたら、どんな顔をするだろうか。 既に「なぜ」泣いているのかナインにとってはどうでもよくなっていた。 「・・・フランソワーズ」 再度ばかと言われ、ナインはわざと大きく息をついた。 「フランソワーズ。いい加減泣くのやめたら?」 うんざり、という色を滲ませた声。 「だって私、ここに来たのは初めてなのに!」 ・・・あれ? もしかして僕、疑われてる? 「誰と来たの?」 でもやっぱり、相手は女の子なのね・・・と呟くように言うと、スリーの目に新たな粒が盛り上がった。 綺麗だなぁ・・・ 素直に思う。 即ち、 どうすれば泣きやんでくれるのか、わからなくて困る。 どちらも大変困るのだ。 しかし、スリーの雨は晴れなかった。 「フランソワーズ、だから誤解だよ」 かちんときたナインは、勢い込んで続けた。 「僕はフランソワーズに嘘ついた事など無い!あるとしたら、それは全部、君の気をひくためだ!!」 スリーがきょとんとナインを見つめた。 「・・・そうなの?」 ・・・うん。 この日、ふたりがやって来たのはオープンしたばかりのカフェだった。 だから。 「へぇ・・・この前来た時はこんなに混んでなかったのになあ」 と、当たり前のようにスリーに語りかけたナインにスリーは不審の目を向けたのだった。 「でもさ、あの時のランチプレートは美味しかったよね?」 まるでスリーも一緒に来ていたかのように話すナイン。 「今日も同じのにする?」 見知らぬひとのようなナインの横顔を見つめ、スリーの胸は不審と猜疑と悲哀でぐるぐる渦巻いた。 だったら――誰、と? ――女の子だろうか。 私とつきあっているのに。 なのに。 「――で、あの時・・・あれ?フランソワーズ?」 スリーの様子にやっと気付いてナインが言葉の奔流を止める。 「えっ?なんで――どうかした?」 途端に引き締まる頬。心配そうな瞳。 スリーの涙は止まらなかった。 「二名で御予約の島村様。――しまむらさまー?」 店員の声に、ともかく――ナインはスリーの手を取り、向かった。 ――あれ?もしかして・・・誤解されてる? ナインのせいで泣いているのだと思われているのは間違いなかった。 「ひどいわよねぇ。何を言ったのかしら」 わ・か・れ・て・ねぇよっ!! 心の中で怒鳴ってみたものの、伝わるわけがない。 「・・・フランソワーズ」 おそるおそる声をかける。 「か」 可愛い。 鼻の頭が少し赤くなっているのも愛らしい。 「ジョー?「か」ってなあに?」 ともかく、全ては誤解なんだから解かなくては。
「ヤバい!これじゃあ今朝の占い通りだ!」
なんとなくつけていたテレビから流れてきた星占い。
ナインはそんなものに興味はなかったけれど、なぜか今日のだけは耳に残った。
とりあえず、しっかり傘を持って。
「知らないっ。ジョーのばか」
「ばか、って言われても」
確かに突然の雨だった。
いったい何がいけなかったのかナインにはわからない。
ただ、蒼い瞳が突然曇り、あっと思った時には雨になっていたのだった。
「ヤバい!思いっきり疑われてる!」
中でもスリーの涙は最強で、完璧なサイボーグ009の唯一の弱点と言っても過言ではなかった。
などと思いながら、ただただ雨がやむのを待っている。
そんなことはどうでもいい。
もしかしたら、本当に何の意味もなく生理的に泣いているだけなのかもしれないのだから。
「知らない。ジョーのばか」
しかし、顔を上げたスリーに睨まれ、ナインは口を閉じた。
「・・・え?」
「いったい誰と来たの?」
「え、いやそれは」
「オープンしたばっかりなのよ?」
「えっ、だから」
「カップルか女の子同士で来るような所なのに!」
「ヤバい!僕いま夢中で何言った!?」
「フランソワーズが思っているような相手じゃないよ」
「ズルイわ、そんな言い方」
こんな時なのに、ナインはみるみる盛り上がった涙の粒にみとれていた。
スリーに泣かれるのは何よりも苦手ではあるけれど、その反面、可愛くて大好きなのだ。
だから、二重の意味で、泣かれると困るのだった。
泣き顔が可愛くて、ぎゅーっとして食べてしまいたくなるのが困る。
だから早いとこ泣きやんで欲しいのである。
「嘘よ。私と来る前に他の女の子と来たんでしょう?」
「だから、それが誤解っ・・・」
「どうしてそんな嘘つくの?!」
「嘘だって!?」
「え。あ、イヤ」
「ヤバい!いつまで続くんだ、この話題!」
ランチタイムとあって混んでおり、ふたりは予約表に記入をして順番を待っていた。
周りにはカップルや女同士のグループばかり。
それもそのはず、白とピンクが基調の店内には花や花柄の布地張りの椅子やソファが配され、ともかく女性好みな雰囲気だった。
そんな店だったから、男性グループは見られない。いたとしたら大変目立ったことだろう。
けれどもナインは全く気付かず、続けて言うのだ。
もしもナインが先週来ていたとしても、それはいい。が、「誰と」来たのだろう?
何しろここはそんなわけで男性同士が入るような店ではないのだ。
ナインは以前、連日「デート」をしていると言っていたことがある。が、後にそれは口実であり、それこそナインが自ら言ったように「スリーの気をひくため」の方便だったと判明した。
しかし。
今回は本当に――?
大好きって何度も言うくせに。
全部、嘘?
そんなはずないと思いながらも、ナインの声を聞いているうちに視界が滲んできてしまったのだった。
大好きなナイン。信じたいのに、信じていいのかどうか疑う自分もイヤで。
「ヤバい!このままじゃ誤解されちまう!」
しかし、いっこうにスリーの雨はやまず、席に着くまでも着いてからもナインはひとり孤独だった。というのは、女性グループからはひそひそ声と冷たい視線を向けられ、カップルの女性からは険しく、男性からは冷たい視線を容赦なく浴びせられていたのだから。
そしてここは圧倒的に女性の数が多いのだ。
それらが全部ナインの敵にまわったように見えた。
なにしろ、スリーは可愛い。同性の目から見ても可愛いのだ。そんな彼女がしくしくと泣いているのを見たら、誰もがナインに敵意を向けてしまうだろう。
「別れ話とかそんなのじゃない?彼女、かわいそうに」
するとスリーが涙にぬれた瞳をナインに向けた。
「え!?あ、いや」
ジョーは軽く咳払いをした。