お題もの「あいつとのヤバい15題」より
「ええと、その・・・誤解なんだよフランソワーズ」 「・・・誤解?」 きっぱり言うナイン。 やっぱり、女の子と来たんだ・・・。 もちろん、スリーと付き合っているからといって、ナインが女性と食事をしてはいけないということはない。 しかし。 そうは言っても、スリーはナイン以外の男性と二人きりで出かける気持ちはなかったし、したいとも思わなかった。だから、きっとナインもそうだろうと勝手に決めていたのだけど。 ショックを受ける自分がショックで、スリーは強引に目元を拭った。 こんなことで泣くなんて。 しかし。 「あ。でも、違う。二人っきりじゃないからな!」 ――え? スリーが見つめると微かにナインの頬が赤くなった。 「当たり前だろう!どうして僕がフランソワーズ以外の女の子と二人っきりで食事するんだよ。冗談じゃない!」 確かに彼女には以前会ったことがある。てっきりナインの恋人かと思ったくらい、二人は仲が良かった。 「色々世話になったからさ。御礼に食事を」 ナインは頭をがしがしと掻くと、手元にあったコップの水を一気に飲み干した。 「・・・頼むから。誤解するな。泣いたりするな」 そう言うナインの目がほんの少し――潤んでいるように見えて、スリーは瞬きをした。 「僕はフランソワーズに泣かれるのは、」 けれども、そう言った途端、スリーの目からはやっぱり雨が降ってしまったのだった。 「ジョー。さっきちょこっと泣いたでしょう」 「え!?」 ぎくりとして顔を上げると、にこにこしたスリーがこちらを見ていた。 「ばか言うな。泣くもんか」 短く言って、視線を目の前の皿に移す。 「そうかしら?さっき目がうるうるしてたの、見たもの」 でも絶対泣いてたもんね。見たもの私――と言うスリーをちらりと見て、そうしてナインはフォークを伸ばした。 「あっ、それ後で食べようと思ってとっておいたのに!」 スリーのプレートからトマトをさらって自分の口に入れてしまう。 「じゃあ、お返しにこれちょうだい」 ナインに構わず、スリーはうずら卵を口に入れた。 「ああっ。卵っ。1個しかないのに」 さっきまでしくしく泣いていたくせに今は満面の笑みのスリー。卵を食われたナインはすっきりしなかったが、それでも―― やっぱりフランソワーズの笑顔が一番カワイイ。 すっかり機嫌の直ったスリーは、デザートを前に満面の笑みを浮かべていた。 「ねぇ、ジョー?それどんな味がするの?」 ナインが押して寄越した容器に手を伸ばし、スリーはひとくち掬い取った。 「――ん。すっぱ・・・美味しいっ」 大喜びのスリーをじいっと見つめ、ナインは大満足だった。 「ほら、もう少し食べていいよ」 やった!ともうひとくち掬うスリー。 「はい、ジョー」 そうして差し出されたスプーンをじっと見つめ、 「ほら。早くしないと溶けちゃうわ」 その声に押されるようにスプーンを口に含んだ。 「――ね?食べてよかったでしょう?」 心配そうな顔も、ほっとした顔も、泣いた顔も笑った顔も、全部。全部まとめて頂いた――ような気がして、ナインは妙な気分だった。 でも、どうせ食べるなら僕は。 「どうかした?ジョー」 軽く首を傾げて覗き込む蒼い瞳。 「わかった。タルトをひとくち欲しいんでしょう?」 その気前の良さを別の方向で、是非。と思うナインだった。 店を出たあと、ふたりは手を繋いでぶらぶらとウインドーショッピングをしていた。 しばらくしてスリーが口を開いた。 「ねぇ、ジョー?」 ナインは穏やかに微笑んでスリーを見つめた。スリーは微かに頬を赤らめ、俯いてしまう――かと思いきや、そうはせずにしっかりとナインを見つめた。 「さっきは泣いちゃってごめんね」 フン、と視線を逸らすナインにスリーはくすくす笑った。その声がくすぐったくて、顔をしかめていたナインもいつしかつられて笑っていた。 「・・・でも、ジョーってちょっと言葉が足りないと思うの。さっきのことだって、最初からこの前三人で来たんだけどって言ってくれれば私だって誤解しなかったのよ?」 でもそれが苦手なのがナインだった。苦手――というより、相手は全てわかっているものと思って話し始めてしまうところがあるのだった。 「それに、私は行ってないのに間違えて話しちゃうなんて、とんだウッカリさんだわ」 それも確かにそうなので、ナインは言葉もない。 「――もう。今度から、そういうことしたら罰としてちゅーしてもらいますからね?」 ちゅー? 空耳? 思わず見つめたスリーは、やっぱり頬が赤かったけれど、まっすぐにナインを見つめていた。 「・・・女の子のほうからそんな事言ったら駄目?」 いや。 全然。 と言う代わりに 「ふうん。ちゅーしたいんだ?」 そうして足を止める。 「あ、待って。でも、おうちに帰ってからよ?こんな外では――」 そんなスリーにさっと唇を重ねる。ほんの一瞬、触れた唇。 「――もうっ」 恥ずかしそうに俯くスリーの肩を抱き寄せて。こんなのが続いたらちょっと辛いなあと思いながら自制する。が、しかし。 「・・・後でちゃんとしたちゅー、してね」 恥ずかしそうにおねだりされて、ナインはあえなく撃沈した。
「ヤバい!こんなことで泣きそうになるなよ、自分!」
テーブルの上で手を組んで、まっすぐスリーを見つめるナイン。
そのナインをこちらもまっすぐ見つめるスリー。
そして、何か深刻そうな雰囲気が漂っているのに気付いた周囲の人々。それぞれの食事を進めつつ、視線はちらちらとこちらを窺っていた。
「そう。フランソワーズと一緒に来た、って間違えた僕が悪いけど」
「・・・来たのは本当なのね?」
「うん」
「女の子と」
「うん」
それを見つめたまま、スリーの胸はつぶれそうだった。
それはスリーにも言えることであり、少なくともふたりはそんな狭い付き合い方をしているわけではないはずだった。
どうやら違ったようだった。
ナインは正直に言ってくれたのに。
胸の奥に重い塊があって、それがせりあがってきて喉が詰まり、更には涙になって出てくるのだった。
「え、だって」
「だから、話を最後まで聞けよ。・・・いいか?ここに来たのは確かだし、女の子だっていたさ。でも、二人っきりじゃない。3人だ」
「3人?」
「そう。ホラ、前に会ったことがあるだろう?張々湖の店の管理栄養士」
「――ええ」
「その彼女と、調理師の彼。そして、僕」
「・・・そうなんだ」
「うん。だから、――ああもう!」
そしてそれをテーブルに置くと、改めてスリーを見た。
「・・・ごめんなさい」
が、テーブル越しに手を握り合ったふたりの周りにはほっとした空気が流れ、何人かは音がしないように拍手を送っていた。
「ヤバい!もしかして、今の見られた!?」
機嫌がいいのはランチが美味しいせいも少しはあるかもしれない。
ともかく、今のスリーは晴天だった。
「気のせいだ」
「そうかしら」
「そうだ。見間違いだ。大体、何で僕が泣くんだ」
「そんなの知らないわ。――もらい泣き?」
「知るかっ」
「フン。くだないことを言うからだ」
「駄目。これは僕のだ」
「だって、ずるいわ、ジョーばっかり!」
「あっこら」
「うふふ。美味しい」
「ヤバい!そんな顔して笑うな、喋るな、覗き込むな!」
迷いに迷ったデザートメニューから選んだのはプリンのタルト。一方、ナインの前にあるのは木苺のシャーベットだった。
「うん?・・・ひとくち食べる?」
「いいの?」
「うん」
「いいの?」
「ああ」
スプーンを口に運び、そうして味わって。一瞬後、美味しいの声とともに笑顔に変わる。
そんなくるくる変わる表情を見るのが楽しくて、ナインは結局、全部スリーにあげてしまっていた。しかし。
「え?」
「最後のひとくち」
「いいよ、フランソワーズが食べろよ」
「だってオーダーしたのはジョーだもの。だから、最後のひとくちはジョーのぶんよ」
「ああ、・・・そうだね」
「う、え、あ――うん」
「待ってて。いまあげるから。私だってケチじゃないのよ。ちゃあんとあげるわよ」
「気前がいいね」
「ええ!」
「ヤバい!理性の限界だ!」
特に何を買うというのではない。ただ、ふたりで一緒に居るのが楽しかった。
「うん?」
「ん、いいよ。別に」
「ジョーも泣かせちゃったし」
「だーかーらー、泣いてねーよっ」
「・・・・うん」
「うん・・・――へ?」