「あなたの目」
フランソワーズの目を改造しようだなどとよくも考えたものだと思う。 攫ってきた女の子はフランソワーズだけではないだろう。 そのなかで、なぜフランソワーズを003に抜擢したのか。 それを言えば、そもそも攫われた人々のなかから誰をどのサイボーグにするかという選択は誰がどのように行ったのかという疑問に到達する。 だから、ただ単に 黒い瞳 蒼い瞳 琥珀の瞳 といったように、瞳の色を違えて改造されただけなのかもしれない。 ともかく、僕はどうして彼女を選んだのかがわからない。 最初から003は女の子にしようと決められていたのだろうか。それとも、――瞳が綺麗だったから改造しようとしたのか。 後者だったら意味がわからない。 綺麗なものになぜメスを入れようとしたのか。 もちろん、僕の思いなど主観的なものでしか有り得ない。僕が幾ら「綺麗だ」と連呼したところで、他人から見れば普通の蒼い瞳にしか思わないのかもしれないのだから。 でも、いいんだ。 僕だけがわかっていれば。この瞳が開いたら、僕はそれだけで幸せになれるんだし、実際、こうして閉じているのを見ているだけでも幸せなのだから。 もちろん、そんなことは彼女には言わない。 そんな詩的なことを言ったら絶対に笑うだろうし、事あるごとにジョーは詩人だからなんて引き合いに出すに決まってる。 言わないけれど。 なんだか気恥ずかしくなったので僕も眠ることに決めた。 おやすみ、フランソワーズ。 明日もその蒼い瞳で僕を見つめてくれ。
―1―
選んだのか。
その基準は何だったのか。
ブラックゴーストではないだろう。彼らは何も考えず、手当たり次第に攫ってきただけの調達係だ。
実際に現場で手を下したのは――ギルモア博士を含む科学者や医師だろう。
おそらく機械的にデータを取り、そして選抜した。感情などはさまれていない、ごくごく客観的なデータ。
たまたま、蒼い瞳はフランソワーズしかいなかった。
いや。
改造した蒼い瞳のなかで、残ったのはフランソワーズしかいなかった。
そういうことだろう。
おそらく002以降の僕たちもそうであったように。
僕という009だって、数十人の候補がいただろう。覚醒したのが僕だけなのかもしれないし、加速に耐えられたのが僕だけだったのかもしれない。
そのへんは博士たちに訊いてみなければわからないことだが、今となってはどうでもいいことだ。
それとも、改造することによって永遠にその美しさを保つ事ができると思ったのだろうか。
フランソワーズの瞳。
だから言わない。
きみのきらきら輝く瞳は僕の宝物なんだよ
と、心で思うのは自由だ。
自由なんだけど。
日本人ってみんな黒い瞳なのね。 ジョーだけが黒い色なのかと思っていたらそうではなかったのでびっくりした。きっと日本では、産まれてくる子供の瞳の色は何色なのかなんていう賭けはしないんだろう。だってみんな同じ色なのだから。 でもちょっと残念。 ああでも、ちょっと待って。 蒼とか。 金色とか。 褐色とか。 黒じゃないとダメってことはないだろう。 ううん。 まっすぐなジョーに似合うのはやっぱり黒い瞳だと思う。 それが合ってる。 それが好き。 わからないけれど。 でももしもそんなことがあったら、きっとすごく悲しくなっちゃうだろう。 ……変よね。 他の女の子を「見た」だけで、別に何をしたってわけでもないのに。
―2―
だって、ジョーの漆黒の瞳が私は大好きなのに。なのにジョーに「あなたの黒い瞳が好きよ」って言ったところで、彼には何にも伝わらないに違いないから。きっとふうんって言うだけ。
ジョーだけが特別なのに、彼にとっては「みんな黒い瞳だけど?」っていうふつう感覚しかないだろう。
あるいは、「きみにとっては黒い瞳が珍しいだけだろう」なんて意地悪を言うかもしれない。
そうじゃないのに。
もしもジョーの瞳が黒じゃなかったらどうだろう。
ないけれども。
でもやっぱり、白い防護服に映えるのは黒い瞳のような気がする。
似合ってる。
こうして目を閉じているのも好きだけど、でもやっぱりその黒い瞳に私を映してくれるのが好き。
黒いから何を見ているのかすぐにわかるし。――そうよ、他の女の子を見ていたらすぐにわかっちゃうんだから。
なんてね。
嘘よ。
わからないわ、そんなこと。
泣いちゃうかもしれない。
それだけで悲しくなっちゃうなんて。それを想像しただけで泣きそうになっちゃうなんて。
もう。
こんなこと、それこそ絶対に言えないわ。
「――おはよう」 だとしたら、自分がすることは。 このままじっとして、索敵することだ。 目と耳と。 ――キスされた。 「えっ?」 「ジョー?」 ひたと見据える漆黒の瞳。 きょとんと見つめるスリーの瞳をナインはじっと見つめ、――なんとか身体を起こした。 「はい」 ――そんな瞳で僕を見るな。 待ってもナインが何も言わないので、スリーはちょっと首を傾げ――彼の瞳が自分を映したままなのを確認した。 「なんだ」 ――他の女の子を見ちゃイヤよ。 朝の光のなか、見つめ合ったまま何も言えなくなった二人。どちらから先に逸らすのか、互いに決めかねたまま。 逸らさないまま一日が終わっても、それもいいのかもしれなかった。
―3―
朝、目を覚ましたら目の前にナインの顔があって、スリーは酷く驚いた。
それこそ視界が全て彼の黒い瞳ではないかと思うくらい、近くに顔があったのだ。
「おはよ……え、何?」
寝坊したかしらと思ったものの、今何時なのかの確認もできない。
ナインから目を逸らすことができないのだ。そのくらい彼の顔は接近していたし、実際、彼がこんなに近くにいると他に何も考えられないのだ。
「もしかして、敵……?」
はっとした。
だから彼はこんなに真剣な瞳をしているのかもしれない。
だからナインは、いま自分を守るように体ごと覆い被さっているのだろう。
神経を集中した。
敵じゃないのかと緊張を解いた。
「うん?――おはよう」
「お、おはよう……どうしたの」
「何が」
「だって」
「別に。何もないが」
朝の光のなかできらきら輝いている。頬が少し赤いのは光線の加減だろう。
朝一番に大好きな蒼い瞳を見たかったから、起きるまでスタンバイしていたなんて言えるわけがない。
それに、こうして離れるのだけでも――相当の意志の力が必要なのだ。
「フランソワーズ」
嬉しくなった。
「……ジョー?」
「…………」 「…………」 が、それはあくまでも非常時の話。 今は有事ではないから、二人ともそんなに頑張る必要はない。 ないのだけれど。 しかし。 ナインはスリーの蒼い瞳を見るのが好きだ。それこそ、永遠に見ていられたらいいと夢見るくらいである。 だから。 目をつむったほうは、つむらなかったほうより愛情が少ない。 そんな証明になってしまうような気がして瞬きひとつできない。 すっかり膠着状態に陥って、更に数分が経過した。 「……」 溜め息のようにそっと息を吐くと、ナインが二人の距離を縮めた。 「……っ」 どちらも目をそらせないなら。 数分後。 今度は、互いに回した腕をどちらが先に解くかの勝負になっていた。
―4―
互いに無言のまま数分が過ぎた。
ずっと目を見開いたままだから、本当ならそろそろ目が乾燥して痛くなる頃合なのだが、そこはサイボーグ。
時には瞬きをしなくても全く問題はないのだ。
「フランソワーズ。そろそろ目をつむったらどうだ。目が痛いだろ」
「ううん、平気よ。ジョーこそ無理しないで」
「無理してない」
意地になっていた。
今や、どちらが目をそらすかどうかよりどちらが先に目を閉じてしまうか(瞬きしてしまうか)の戦いになっている。
一方、スリーはナインの黒い瞳が好きで、それがまっすぐ自分を見てくれるのが好きである。もし少しでも視線が外れたら、寂しくて泣いてしまうかもしれないくらい。
が、それこそ永遠にこうしているわけにもいかない。
一瞬だった。
どちらも瞬きできないなら。
同時に目をつむるしかない。
さっきのキスよりも熱いそれは、目を閉じても互いの姿を瞼の裏に浮かび上がらせた。