「ゆびきり」
「ひどいわ、いつもそうやって子供扱いするのね!」 そうして手を伸ばし、スリーのおでこを軽くつつくナイン。 「子供じゃないわ、もう大人だもの!」 ナインは頬に笑みを浮かべ、アイスティーを口へ運ぶ。 「そうよ!だって、大人にしたのはジョーでしょう!」 瞬間、ナインは口に含んだ液体を盛大に噴き出した。 「っ、ふ、ふらっ・・・」 抜群の反射神経で液体の飛散から身をかわしたスリーは、もう汚いわねと言いながらおしぼりでナインとテーブルを拭いた。 「きっ、きみ、一体何を・・・っ」 人心地ついて、やっと絞り出すように言う。 「だって、そうでしょう?」 そうかもしれないけれど、だかしかし。 ナインは黙々とパフェをつつくスリーを見つめ、片頬を歪ませた。 「――フン。あれで大人になった、なんて、やっぱり君はまだまだ子供だな」 投げ出すように言うと、コップの水をがぶりと飲んだ。 「・・・そんな言い方・・・ひどいわ」 小さく呟くように言うと、大きな蒼い瞳がみるみる曇った。 「あんなの、なんて・・・そんな言い方」 ぐす、と鼻をすする。 「私には――とても大事なことだったのに」 今にも降り出しそうな雨にナインは腰を浮かせた。 「そう思っていたのは私だけだったのね」 下を向いてしまったスリーの肩が揺れる。 「その、――違うよ。僕だって、・・・僕にとっても、凄く大きな出来事で、その――」 なんだかナインも泣きたくなってきた。 一方、スリーは自分の肩に手をかけ耳元で囁いていたナインが急に黙ってしまったので、顔を上げて至近距離にあるナインの顔を見た。 「・・・ジョー?」 けれどもピクリとも動かない。 「あの、・・・ジョー?」 ナインに反応があったことが嬉しくて、深く考えもせずに続ける。 「他にどんなのがあるの?」 一体何を言い出すのだろうとナインは呆然とスリーを見つめた。 「・・・そんなの。――君は子供なんだから、まだ知らなくていいよ」 ぐっと詰まる。 「・・・フランソワーズ。だからそれを言うなと」 そんなナインに取り合わず、スリーはにっこり笑って続けた。 「いつか教えてね?」 ナインはちらりとスリーを見て、そして。 「――いつか、ね」 小さく小さく言った。 「ん。約束よ!」 勝手に小指と小指を絡められ、ゆびきりげんまんさせられた。 全く、君は子供なのか大人なのか、時々わからなくなるよ。
「だって子供じゃないか」
「違うもん、子供じゃないもの!」
「ほら、そうムキになるトコロが子供なんだよ」
その手をうるさそうに振り払うと、スリーはきっとナインを見つめ、怒って上気した頬を更に紅潮させた。
そんな顔も可愛いなぁとナインが思っている事など知る由も無い。
「ふうん?そう?」
彼は外でコーヒーは飲まない。彼の中で最上のコーヒーは、スリーの淹れたものだけなのだから。
「っ!!」
派手に咳き込む。
ナインは依然、咳き込んだままだった。
スリーはつんと横を向くと、自分の目の前のストロベリーパフェをつついた。
「――そ、・・・」
こんな公衆の面前で言うことだろうか?イヤ、断じて違う!
こんな――可愛いカフェでパフェをつつきながらする会話ではないはずだ。
「えっ?」
「あんなの、ほんの一部だよ」
その視界に呆然とこちらを向いているスリーが居る。
「え、あ、イヤ、これは言葉のアヤで」
つい「あんなの」なんて言ってしまったが、ナインとて軽く思っているわけではないのだ。
スリーとのあの夜は、本当に幸せで嬉しくて彼にとっても大事な大切な夜だったのだから。
「イヤ、そうじゃないよ、フランソワーズ」
ナインはその顔を覗きこむようにして肩に手をかけ、小さくゴメンと呟いた。
全く、どうしてこうなってしまうんだろう?思いが通じ合って、お互いの身体を委ねあったというのに。
まだまだその先には幾つもの障害がありそうで、ナインはどんより落ち込んだ。
何やら急に落ち込んだような様子に驚いて――彼の額にそうっと自分の額をくっつける。
「・・・・・」
「あの、・・・ゴメンね?」
「・・・・・」
「その、ジョーだってちゃんと――思ってくれているのよ、ね?」
「・・・・・」
その様子に、これはもしかして本気で落ち込んでしまったのかとスリーは焦った。
売り言葉に買い言葉とはいえ、彼の思いを疑うような発言をしてしまった自分を悔いた。
「・・・・・」
「そのう・・・大人になるのって、もっと先があるの?」
「・・・・・・・・え?」
「さっき、あれはほんの一部だ、って言ってたでしょう?」
「どんなの、って――」
「だから。子供じゃないって言ってるでしょう」
「子供だよ」
「大人よ。大人にしたのはジョーでしょう?」
「・・・知りたいのかい?」
「ええ。教えてくれるんでしょう?」
そして、満足そうに再びパフェに挑むその横顔を見つめ、ナインは思う。
もうしばらくは、このままその境界線にいたいような、さっさと踏み越えてその先に早く進みたいような――