「残暑」

 

 

9月といっても朝から暑い日だった。
ナインはいつものようにギルモア邸にやって来ると、いつものようにリビングに向かった。


「おはよう」

「おはよう、兄貴」

「おはよう、ジョー」


いつものようにセブンとスリーが迎えたが、様子がいつもと違っていた。

「…どうした?」

二人ともやけに薄着である。そして揃ってぐったりしていた。

「…昨夜、寝てないのよ」
「寝てない?なんで」
「空調が壊れちまったんだよ」

セブンの言葉にナインはなるほどと頷いた。

「前から調子が悪かったからなぁ。とうとうその日がきたか」

昭和時代に建造されたギルモア研究所である。あちこち老朽化が進んでおり、いずれ研究所全体のメンテナンスが必要だった。

「だけどさぁ、いきなりなんだもんな。暑くてどうしようもないよ」
「修理はどうなってる?」
「いま博士が交渉中。もう古いから新調しようってなったんだけど、すぐってわけにはいかなくてさ」
「だろうな。機械の取り寄せに下手したら何週間もかかる」
「そんなに?ゆだっちまうよオイラ」
「なあに、セブンと博士はその間、シックスの所に行けばいい。食事の心配も要らないし」
「…スリーはどうするんだよ?」
「ん?フランソワーズかい?」

そこでソファにもたれてこちらをじっと見ているスリーと目が合った。

「フランソワーズは僕のうちに来るさ」
「ええっ、ズルイや兄貴、スリーばっかり!」
「何を言う。ここを無人にしておくわけにはいかないから、フランソワーズは留守番だ。かといって一人じゃ危ないから僕が同行するんだ。任務の一環だ、わかったかい?」

不満そうなセブンだったが、ギルモア邸の留守番は嫌だったようでしぶしぶ頷いた。

「わかった。オイラ、博士にも言ってくる」
「ああ、頼んだよ」

セブンを見送ってから、ナインは床にひざまづいて、ぐったりしているスリーを覗きこんだ。

「大丈夫かい?」
「ええ。ごめんなさい、いまコーヒーいれるわね」
「今日はいいよ。それより少し冷やしたほうがいいんじゃないか」


どうせきみのことだ。
扇風機や氷のうは博士とセブンに譲って我慢していたんだろう。
あるいは、ひとばんじゅう二人を扇いでいたのかもしれない。


「ちょっと待っててくれ」

一瞬、ナインの姿が消えた。

と、思ったら現れた。


「ホラ。これでも食べて元気だせ」

ナインにアイスクリームを差し出され、スリーはちょっと笑った。

「加速装置の無駄遣いよ、ジョー」
「ふん。緊急事態だ」
「…ありがとう」
「お子様にはちょうどいいだろ?」

微かに頬を染めてあさっての方を見ているナイン。
アイスクリームを受けとると、スリーはポツリと言った。

「でも、昨夜ここにジョーがいなくて良かったわ。ジョーは暑さに弱いもの」
「そんなことないよ」
「ううん。熱を発散しにくい造りよ?…だから本当は今日も、来ないでってメールするべきだったんだけど」

会いたかったの、と小さく言われ、ナインは思わずスリーを抱き締めていた。

「ジョー、アイスが溶けちゃ…」

 

        

 

しばらくしてセブンが戻ってきた。

「ああもう、ほんとにあっついなぁ!兄貴、博士はそれでいいってさ」
「そうか」
「うん――あっ!アイスだっ。買ってきてくれたんだね、さっすが兄貴っ」

テーブルの上にあるアイスの入った袋を嬉しそうにごそごそやるセブンだったが。

「――んっ、なんだこれ、全部溶けてるじゃないかっ。まったくもう、どうして買ってきてすぐ冷凍庫に入れなかったんだよ」
「すまん」
「ダメだなあ。それにスリーがついててどうして言わなかったんだよ。まったく、こんなに溶けるまでいったい何をしてたんだい?」
「えっ……」

ナインは微笑んだまま何も言わない。

「あれっ、スリー、さっきより顔が赤くない?」
「え、そ、そうかしら」
「うん」
「あの、それは、えと」

ちらりとナインを見る。が、やっぱりナインは何も言わない。
スリーは困ったように両手を頬に当てた。頬の赤みを隠すように。

「……きっと、部屋が暑いせい、よ」

 

 


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