「告白」


「こ、こくはく?」

言われた言葉がはっきりした意味を持つまでに数秒、要した。

「・・・告白、って・・・」

考えただけで全身が熱くなってくる。頬が燃えそうに熱い。

「ヤダ、フランソワーズったら耳まで真っ赤よ」
「かーわいー」
「やめてよ、もう」

 

今日はバレエのレッスンが早く終わったため、そのままみんなとカフェにやって来たのだった。
ジョーが迎えに来るまで時間が空くからちょうど良かった。

最初は、流行の洋服や靴の話をしていたのだけど、だんだん好きなひとの話になり・・・
そうして話題は、いつもフランソワーズを迎えに来る彼(つまりジョー)の事になっていた。

――付き合っているんでしょ?

という期待に満ちた目で訊かれ、フランソワーズは思い切り首を横に振っていた。

――でも、彼のことは好きなんでしょう?

と、追求は続く。
初めは「お友達よ」と無難に答えようとしていたのだが、周りの顔を見て

「ええ。好きよ」

と言った。

だって、もしこのなかにジョーの事を好きな人がいたとしたら。
そして私が「お友達よ」なんて嘘を言ってしまったら。
もしかしたら、ジョーを紹介しなくちゃいけなくなって・・・そして誰かが彼ににアタックしたりするかもしれない。

イヤよ、そんなの。

「好きよ」と答えた瞬間、「告白すればいいのに」「告白しなさいよ」と口々に言われたのだった。

 

 

告白なんて・・・。
ジョーに「好き」って言うの?

そんなの、絶対に、無理!

「でもフランソワーズの気持ち、案外彼はわかっているんじゃないの?」
「私もそう思う。だってフランソワーズ、顔に出るもん」
「えっ!?」

思わず両頬を手で押さえる。
「そんなにわかりやすい?」
みんながいっせいに頷く。

うそ・・・。私がジョーを好きなの、彼にばれてる?
――ううん。そんなことないわ。・・・だって、彼は。
「ジョーは鈍いから、ばれてないと思う」
「そうかなぁ・・・でも、いつも迎えに来てくれるでしょ?そんなの、好きな子じゃなかったらしないわよ、ねぇ?」
「そうよ。案外鈍いのはフランソワーズのほうじゃないの?」
「・・・そんな事ないわよ。だって、ジョーが迎えに来るのは、頼まれているからで・・・」
「誰に?」
「あの・・・父に」
博士はいちおう「父」ということになっていた。
「まぁ、お父さま公認なんだ?」
「なーんだ。結局、両思いなんじゃない」
「待って。違うんだってば」
誰も聞いてくれない。違うのに。

だって、そもそもジョーが私を迎えに来てくれるのは、私が一人で行動するのを心配しての事なのだから。
その心配というのは、いつどこでBGが狙ってくるのかわからないからで・・・
と、みんなに説明したところでわかってなんて貰えないけれど。
でも、誤解なのよ。
私の気持ちをジョーは知らないし、ジョーの気持ちを私は知らない。
ぜんぜん、両思いなんかじゃ、ない。

けれども、傍から見れば、私とジョーは「父親公認のカップル」以外の何者でもなくて。
友人たちは、勝手にそう決めて盛り上がっていた。

「いいなぁ。優しそうで素敵な彼よね?」
そうでもないわよ。意外と意地悪よ。

「きっと、フランソワーズのことが大事で仕方ないのね」
それは私が『003』だからだと思うの。
・・・自分で言って何だか悲しくなってきた。思わずため息をつく。

「ね。やっぱり『好きだよ』とか言われるの?」
――え!?

「ヤダ、また赤くなってる」
「だって」
「車の中で二人っきりでしょ?普段、やっぱりあまーい言葉なんてくれたりするんじゃないの?」
・・・甘い言葉?
もしジョーがそんな言葉を言ったら、別人かと疑うわ私。

「・・・だって、ほんっとうにそんなんじゃないのよ私たち」
困ったように言うと、ポツリと言われた。
「じゃあ、フランソワーズの片思いなの?」

片思い・・・・。

「・・・ええ。そうかも」
そう答えると、またみんなが一斉に異議を唱える。
「まさか、嘘でしょー?」
「アナタったらすぐ顔に出るのに、彼が気付いてないわけないでしょーよ」
「もー、告白しちゃいなさいっフランソワーズ!」
「そうそう!絶対、大丈夫だからっ!」
だ、だいじょうぶって・・・何が?
「きっとね、『好きです』って言ったら『僕もだよ』って即答するわよ?」
「そして即、両思い!」
・・・そうかなぁ・・・

けれども、頭の中では『僕もだよ』という言葉が響いていた。
――もし、そう言われたらどうしよう。
あ、でもそれって「私が先に告白する」というのが前提なのよね?
そんなの無理っ。
だって、絶対に言えないもの。

 

 

その時、聞き慣れた足音がこちらに向かってくるのを耳が捉えた。
少し早足のそれは、カフェのドアを開け一瞬立ち止まり、そしてこちらのテーブルにまっすぐ向かっていた。

フランソワーズは時計をちらりと見て、彼との待ち合わせの時間より随分経っていることに気付き動揺した。
さっと席を立つ。
「ごめんね、もう行かなくちゃ」
けれども、みんなの視線は既にここに到着した彼に集まっていた。

ジョーの瞳がフランソワーズを見る。

「・・・探したよ」
「ごめんなさい」
怖い顔。・・・怒ってる・・・わよね?

するとジョーはにっこりと笑って、小さく「無事で良かった・・・心配した」と言った。

ああもう、ごめんなさい。
みんなとのお喋りが楽しくて、時間をすっかり忘れてて・・・あなたに心配をかけてしまうなんて。
もう、フランソワーズのばかばか。

「えっと・・・僕はこのまま帰るから、君はここに居るといいよ」
「えっ?」
「せっかくお友達と話していたのに中断させて申し訳ない」
「え、でも」
「君はゆっくりしてきたらいいよ」

そうしてみんなに向かって会釈して「邪魔してすみません」と言った。

「フランソワーズ。遅くなるようだったら電話して?迎えに行くから」
微笑みつつきっぱりと宣言し、踵を返して去っていく。

「待って」
思わずジョーの腕を掴んでいた。
「えっ?」
「・・・私も一緒に帰る」
「え、でも・・・」
周りのみんなの顔を見つめ、ジョーが優しく言う。
「せっかくなんだし、ゆっくりしてくればいいのに」
周りのみんなもジョーの視線を受け止め、うんうんと頷いている。
そのジョーとみんなの間に入り込み、彼の視界を遮る。

「一緒に帰る」

だって。
――置いていかないで。

唇を噛み、下からじっとジョーの黒い瞳を見つめる。
ジョーの口元がふっと緩んだ。

「わかった。じゃあ、一緒に帰ろう」

 

 

店を後にする二人の姿を目で追いながら、残されたメンバーの間には「やってらんないわよもう」という空気がそこはかとなく漂っていた。
「・・・やっぱり、どう見ても『両思いのカップル』よねぇ?」
「うん。恋人同士にしか見えない」
「だって見た?フランソワーズが『一緒に帰る』って言った時の彼の顔!」
「見た見た!あれでフランソワーズのことを何とも思ってないとすれば、オスカーものの俳優よっ」
「どうしてフランソワーズは『片思い』なんて思ってるのかしらねぇ・・・?」

もしかして・・・

 

鈍いのは、フランソワーズのほう?

 

 

車の中では、二人ともずっと無言だった。
フランソワーズの頭の中では、さっきの友人達との会話の一部が繰り返しぐるぐる再生されていた。
『好きです、って言ったら僕もだよって即答するわよ』
――好きです。
――僕もだよ。

頬が熱い。
両手でそっと押さえる。
こんなにドキドキしてるの、絶対にジョーはわかってない。
だってジョーは鈍いもの。

――でも・・・

ちらりと隣の彼を見る。まっすぐ前を見据える漆黒の瞳。

――だけど、いつか・・・気付いて欲しい。私の気持ちに。

気付いてくれるかな。

いつか。

・・・そうだったら、いいな。