「おみくじ」
2009年1月某日
usakuma様のリクエスト(?)に便乗♪
「引いたおみくじが凶だった!3回引いてもやっぱり凶!さあどうする!」
みんなで温泉旅行に行った時にひいたおみくじは大吉だった。しかし、そのあと変な男にナンパされたという不運を振り払うべく、ナインとスリーの二人は改めて参拝に来ていた。 「この前はケチがついちゃったから、改めて大吉を引かなくちゃ!」 にやにやするナインに向かってイーっと顔をしかめるスリー。 「もうっ。意地悪ね!」 そんな顔をするスリーも可愛くて、ナインは繋いだ手に力を込めた。絶対に離さないぞという決意の現れだった。 今日は鎌倉の鶴岡八幡宮に来ていた。 参拝もすんで、いよいよおみくじである。 「ジョーは引かないの?」 嬉しそうにおみくじをかざす。そうしてにこにこしながら開くその顔が、一瞬のうちにさっと曇った。 「フランソワーズ?」 差し出されたおみくじに書いてあったのは「凶」。 「へえ。凶ってちゃんとあるんだな。吉しかないものだと思ってたよ」 ナインが見守る中、今度はじっくり時間をかけておみくじを選ぶスリー。まさか中身を見てるんじゃないだろうなと一瞬思ったものの、スリーはおみくじの入った箱に入れた手とは全然違う方を見つめていた。手の――指先の感覚だけで選んでいる。それを見てほっとした。もちろん、彼女はそんなズルはしないだろうとは思っていたけれど、それでもやっぱりちょっと心配だったのだ。 「――これ!」 掴んだおみくじをそのままナインに渡す。 「えっ?」 真面目な顔でナインに向かって懇願するスリーを見て、ナインはくすりと笑みを洩らした。 ――可愛いなぁ。おみくじひとつで真剣になっちゃってさ。 「大丈夫だって。どう考えても確率的には吉をひく方が・・・」 大威張りで話す声の語尾が頼りなく消える。 「・・・フランソワーズ」 手元を覗き込もうとするスリーをするりと代わし、おみくじを手の中に握りしめた。 「ジョー?」 有無を言わせずナインに背中を押され、納得がいかないものの、もう一度おみくじをひくスリー。今度はあっさりと何も考えずに一番先に指に触れたものを選んだ。 「ヨシ」 スリーがおみくじを開くのよりも早く、ナインはそれをさっと取り上げた。 「あっ、もう――まだ見てないのに」 頬を膨らませて抗議するスリー。が、それには全く構わず、ナインはおみくじを開いていた。 「・・・・」 険しい顔で手元を凝視しているナイン。その手元を覗き込もうとして――やっぱり見せてもらえないのだった。 「フランソワーズ」 スリーの問いに全く取り合わず、ナインは笑顔を浮かべておみくじをひきに行ってしまった。もちろん、スリーの引いたおみくじは手の中に隠したまま。 「もうっ・・・どうして見せてくれないの?」 唇を尖らせ、不満を表明してみるスリー。その視線の先には、おみくじをひいてその場で開いて見ているナインの姿があった。 「ジョー?どうしたの?」 思わずナインの元へ駆け寄る。 「何か変なのが出たの?」 心配そうに顔を覗き込んでくるスリーに、厳しい顔を緩め笑いかける。 「うん。――ホラ。僕も「凶」だったよ」 手の上にあったのは、やっぱり「凶」のおみくじだった。 「2回続けてひいちゃうなんて、何だか今年はついてないのかなあ」 スリーは思わずナインの腕にそっと手をかけていた。 「フランソワーズとは全然違うよなあ。――ホラ。こっちがさっき君がひいたおみくじだ」 そうしてやっと、さっきの二回ぶんのおみくじがスリーの手のひらに載せられた。 「凄いよなあ。凶をひいた後に、ちゃーんと大吉と吉をひいちゃうんだもんな」 おみくじを手に取り眺めているスリーをちらりと見つめ、ナインは言葉を続けた。 「さすがだよ。フランソワーズ」 その言い方が気に障ったのか、スリーは手元に視線を落としたまま硬い声で応えた。 「せっかくだけど、「目」は使ってないわよ。そういう意味で言ったのならね。ズルはしてないわ」 おどけたナインの声に、やっとスリーの唇に笑みが浮かんだ。手元から顔を上げて、くすくす笑いながらナインを見つめる。 「普段の行いの差かしらね?」 くすくす笑い合って。そうして、ふっとスリーが真顔になった。 「これ、・・・ジョーにあげる」 手の上に載せられたのは「大吉」のおみくじだった。 「ダメだよ、それはフランソワーズのだろ」 自分の肘のあたりに向かって何か呟いたスリーの声。 「――ね、お腹空いちゃった。何か食べない?」 なおもブツブツ言うナインの腕につかまり、頬を寄せて。 「さっき来る途中に甘味処があったはずよ」 半分本気で怒りながら、スリーはナインの腕をつかむ手に少しだけ力をこめた。
――おみくじより、確かなものがここにあるからいいの。ね?ジョー・・・
|
おみくじをひいた。凶だった。 もう一回、ひいた。また凶だった。 更にもう一回、ひいてみた。またまた凶だった。
「ジョー?どうしたの?」 明るい蒼い瞳がくるりと振り向き、隣に僕がいないことに気付いて小走りにやって来る。 「別に。どうもしないよ」 手に握りしめていた紙の束に気付き、僕の手から強引にもぎ取ろうとする。 「おみくじでしょ?ちょと見せて!」 指をいっぽんずつこじ開けるようにして、とうとうおみくじは彼女の手に渡ってしまった。 「ジョー?」 凶の三連発を見て、フランソワーズは何て言うだろうか? 「――困ったわ。どうしましょう」 頬に手をあてて、本当に困ったように僕を見上げる。 「ただの凶だけど」 少し言い淀むと、一歩僕の方へ近付いた。そして小さい声で言う。 「・・・凶をみっつもひいちゃうなんて、ジョーったら」 それは僕のせいではない。――いや、そうでもないか。 「でも、しょうがないわね」 ひとり納得したように頷くと、ぱっと彼女の頬が朱に染まった。 「ジョー。ちょっと話があるの」 少し屈んで、彼女の口元に耳をよせ――ようとしたら。 「えっ?」 驚く僕に全く取り合わない。 ここは神社の境内である。参拝に来ている人も多く、まだまだ人出がじゅうぶんあった。 あっという間に僕を襲った3つのキスは、始まった時と同様、唐突に去っていった。 「――ん。これでいいわ!」 頬を染めて、でも満足そうに言うフランソワーズ。わけがわからない。 「フランソワーズ、いったい・・・」 フランソワーズは無言で僕の腕をとると引っ張るようにして歩き始めた。 「行きましょ」 そのままどんどん歩いて行く。 「フランソワーズ、いったい・・・」 境内を出て、神社の外の道に出た。 「だって、ジョーが凶をみっつもひいたから」 意味がわからない。 「だから。凶をみっつひいたからよ?」 そんなに連呼されると、自分の不運さが改めて身に沁みて気分が沈んでくる。 「だから、ちゅーをみっつしなくちゃならなかったの」 何を言っている? 「ここに、ちゅーをしなさい。って書いてあるじゃない!」 何を言ってるんだ? 「――日本人は知らないのかしら。ここよ。コ・レ」 そうして指さしたのは、凶の字の中の×の部分。 「ここにバッテン印があるでしょう?これってちゅーのことなのよ?」 いや・・・×がキスだというのは知っているけど、でもこれはおみくじで、更に言うと凶は記号ではない。 「ジョーったら、みっつもひいちゃうんだもの」 人差し指で僕の肘のあたりをつんつんしながら言う。 「すぐ三回もちゅーするのは、さすがにちょっと・・・人目もあったし。だから、ほっぺにふたつにしちゃったけど」 「イヤ、ダメなんかじゃないけどさ。でも」 僕の話を聞いてない。 「――さあ、お守りを見に行きましょう!」 例えば、縁結びとかそういう類のものだろうか?でも、縁結びなんていったい誰とどんな縁を結びたいのか全く想像ができなかった。 「フランソワーズは何が欲しいんだい?」 神に願わなくても、僕は自分の力で戦うだけなのに。 「いいじゃない。だって、持つのは私よ?」 フランソワーズが持つ?何の為に? 「――あなたの凶は、さっき私が全部貰ったから」 そっと自分の唇に指を当てる。 「だから、お守りと一緒にして封印しておくの」 彼女がひいたのは、確か末吉。 「一緒にそこまで行きましょうね?」
凶の三連発なんて、全然どうってことないさ。
|
「あれっ・・・凶だ。フランソワーズは?」 お互いに顔を見合わせた。 「――もう一回ひく!」 しかし。 「おかしいな。どうしてまた凶なんだろう?」 またまたふたりとも凶だった。 「――確率的に有り得ない。ということは・・・」 なにやらブツブツ呟きだしたジョーをよそに、フランソワーズはもう一回ひいた。 「ほら、ジョーももう一回ひいたら?」 おみくじを開こうとしたフランソワーズの手を掴む。 「あら、なあに?乱暴ね」 それがどうしたの?と蒼い瞳が問いかける。 「例えば、凶が全体の1%だとすると、100分の1の確率で凶をひくことになる」 二人、というのは掛け算ではなくて足し算になるんじゃないかしら・・・と思いつつも、面倒なので黙ってることにする。 「と、いうことは、だ。フランソワーズ!」 買ったことないくせに。と思いつつも、これも黙っていることにする。 「だから、いまきみがひいたのが更に凶だったら、凄い事になるぞ!」 握り拳で力説するジョーを放っておいて、フランソワーズは特に何の感動も持たずおみくじを開いた。 「・・・アラ。大吉」 そんなばかな、とフランソワーズからおみくじをひったくり、ためつすがめつ眺めるジョー。 「なんだよっ、くそっ・・・」 白い手が目の前に差し出されるが、ジョーは無視した。フランソワーズのおみくじを陽にすかして見たり、あれこれ試している。 「本当は凶の間違いなんじゃないか?こう、裏から見たら実は凶だった、とか・・・」 ジョーの手からおみくじをもぎとり、まだ懊悩しているジョーの背をおみくじの方へ向かって押し遣った。 「――フランソワーズ。きみが見てくれ」 信じられない、とジョーは目を瞠った。 「ここまで続いた運が途切れるかもしれないんだぞ?もしかしたら、今年の運勢は全てここにかかっているかもしれないんだ。なのに気にならないだって?」 まくしたてるジョーをちらりと見つめ、フランソワーズはしょうがないわねとおみくじを受け取った。 「――もう。自分で見るのが怖いなら、そう言えばいいのに」 フランソワーズの手元を肩越しに乗り出して見ようとするジョー。そのジョーに気の毒そうな視線を向ける。 「・・・残念ね。大凶よ」 けれどもジョーは聞いていない。 「でもね、ジョー。大凶なんて全体の1%にも満たないはずだし、そう、もしかしたら0.1%なのかもしれない。だとしたら、それだけでも凄い確率じゃない?」 何も答えない静かなジョーに、フランソワーズはそっと息をついた。 「ジョー?ちょうど良かったじゃない。私の大吉とあなたの大凶で、きれいさっぱり相殺されるわ」 普段、日本とフランスに離れて暮らしているので、一緒にいる、なんてことは一年のうちでほんのちょとしかないのではあるけれど。 「じゃあ・・・一緒にいる時間を増やせばいいんだな」 つまりこれって、今年は一緒にいなさいってことなのだろうか? 「・・・そうか」 ジョーの頬に笑みが浮かぶのを確認して、フランソワーズも笑顔になった。 「じゃあ、今年は僕もフランスへ行くのを増やそうかな」 並んで神社を後にしながら、ジョーはフランソワーズの肩に手を回してそうっと抱き寄せた。 ――今年はもっと、一緒にいる時間を多くしよう。 フランソワーズはジョーの背中に手を回した。 ――今年はもっと、ジョーと一緒にいられますように。 なにしろ、新年早々神様に「ふたりが一緒にいれば良い運勢だぞ」と言われてしまったのだから。
|