「お歳暮」


「まぁ、大変!」

12月のある日、テレビを見ていたフランソワーズが隣にいるジョーの膝に手をかけて注意を喚起した。
うつらうつらしていたジョーは何事かと飛び起き・・・は、せず大儀そうに片目を開けた。
「・・・なに?」
そこには困った顔のフランソワーズがいた。
「どうかした?」
両手を頬に当てて小さくどうしようと繰り返している。
「いまテレビの人が言っていたんだけど・・・」
「うん?」
「日本には、お世話になった人にお歳暮というのを贈るのよね?」
「・・・そうだけど?」
訝しげに訊き返す。
日本に来て数年になるし、毎年そのあたりはきちんとしているフランソワーズなのに、何を今更。
「親戚とか仲人とか恩師とか」
「そうだね」
だから毎年、コズミ博士や田辺博士、バレエ教室、税理士、その他に贈っている。
「今年もちゃんと手配したじゃないか」
今はネットで注文ができるので、11月下旬に二人で選んで指定日配送にしたのだった。
「そうなんだけど、いま言ってたのよ。親戚、恩師、仲人、お世話になった人、それからあとは?って」
「で?」
「・・・かかりつけの、お医者さん」
「へーえ」
「知らなかったでしょう?どうしよう、博士がお世話になっているのに贈ってないわ」
「でも、普通、病院はそういうの受け取らないっていうけど」
「・・・そうかしら?」
それでも心配そうなフランソワーズなのだった。

 

 

数日後。

買い物から帰ってきたフランソワーズがジョーの部屋へ直行した。
パソコンで検索をしつつ本を読んでいたジョーは何事かと顔を上げた。
そこには頬を上気させたフランソワーズが立っていた。
「ジョー、今から病院に行きましょう」
「・・・え?」
彼のコートをとり、腕を引き部屋から連れ出そうとするフランソワーズに驚きつつストップをかける。
「ちょ、ちょっと待って。いったいどうしたんだい?」
「一緒に来て」
「まさか、博士に何か?」
病院イコール博士という図式が浮かび、思わず頬を引き締める。その顔は009のそれだった。
「えっ?」
きょとんと振り返るフランソワーズ。
「違うわよ。そうじゃなくて」
「・・・じゃあ、何?」
博士に何かあったんじゃなかったんだ・・・と安堵しつつ再度訊ねる。
「今からいつもの医院に行こうと思って」
「なんで?」
「お歳暮よ」
だってこの前、病院では受け取ってもらえないからやめようと話したはずだったのに。
「今日、お買い物に行った時に聞いたのよ」
つまり、いつもの商店街に行った時に、なじみの御婦人連中に訊いてみたらしいのだった。
すると、みんな口を揃えて「もちろん、贈ったわよ」と言ったらしい。
「小さい町だから、ほとんどがあそこにお世話になってるの。で、みんな普通に贈ってるみたいなの」
知らなくて恥かくところだったのよ、と唇を尖らせる。
「でも、受け取らないと思うよ?」
「ううん。みんな受け取ってもらった、って言ってたもの」
「でも別にいいんじゃないのか?贈った贈らないで診察順が変わるとかそういうわけじゃないんだろ?」
「もちろんよ。気持ちの問題なの」
そんな会話を交わしながら、既にギルモア邸を後にしている。
フランソワーズは買い物から帰った姿のまま、ジョーは彼女が部屋から持ってきたコートを羽織って。
そして、腕を引かれながら。
「・・・事情はわかったけれど、どうして僕まで・・・」
「駄目よ。オシゴトでいないならともかく、代表者が行かなくちゃ」
フランソワーズの右手には紙袋が下げられている。
商店街で人気のケーキ屋さんの焼き菓子だという。みなさんで、というのに丁度良いと聞いたらしい。
「普段、ジョーは行かないんですもの。博士がお世話になってるのだから、御挨拶しないと」
「だからって、どうして僕が」
「だって」
ちょこっとフランソワーズが頬を染める。
「・・・あなたは博士の息子ということになってるし・・・私はその妻で・・・」
「妻?」
「だって、見ず知らずの私が博士の付き添いで行ったって、先生は何にも話してくれないもの」
そうなのである。
いくら「長い付き合いで」と言っても、病状その他については「身内」じゃないと説明してくれないのだった。
「だから、博士の息子の嫁っていうことにして・・・」
語尾が小さくなる。そうっとジョーの横顔を盗み見しつつ。
「・・・ふぅん。色々とメンドクサイんだな」
「・・・いけなかった?」
メンドクサイと言われ、びくっとする。そんな彼女を優しく見つめ、そっと肩を抱き寄せる。
「まさか。そんなわけないだろう?」

 

 

いつもお世話になっている医院。つまり、博士が風邪を引いたりした時にかかっているところである。
1年を通してそんなに頻繁にかかっている訳ではないけれど、先生はいいひとだし、医院の雰囲気もいいのよ
と話すフランソワーズの声を聞きながら、改造される前からずっと病院とは縁遠かったジョーは、
入り口から中へ入った途端に鼻腔を刺激する消毒薬のにおいに早くも逃げ腰になっていた。
フランソワーズは、彼のそんな胸中を知らずに受け付けへ行き、慣れたように声をかけている。
「保険証をお願いします」
笑顔で言われ
「あ、ええと今日はそうじゃないんです。院長先生にお会いしたいのですが」
「ただ今診療中ですが」
あっさり断られる。
「そうですか・・・・そうですよね」
仕方なくお歳暮を託そうとしたフランソワーズの背後にいるジョーの姿を見つけた受付は小声で
「あの・・・もしかしてご主人?」
「あ、ええ」
ちらりと後ろのジョーを見つめる。
ジョーはというと、待合室で珍しそうにあちこちきょろきょろしている。
「あら。そうでしたか!ちょっと待っててくださいね」
言い置いて奥へ行ってしまった。
ひとり残され、ジョーの腕をとって連れてくる。彼の手には「PSA検査」の小冊子が握られていた。
「ジョーはまだそういう年じゃないでしょ?」
「博士にと思ってさ」
そんな会話をこそこそしていると、受付の仕切りの向こうに院長が姿を見せた。
「あ、先生、すみません、お忙しいところに」
「いえいえ、いいんですよ」
にこにことフランソワーズとジョーの顔を見つめる。
「島村さん、はじめまして」
「博士がいつもお世話になってます」
来る途中、手順をフランソワーズにたたきこまれていたジョーはペコリとお辞儀をすると菓子折りを差し出した。
「あのこれ、みなさんで・・・」
「そんな、いいんですよ、気をつかわなくて」
ほら見ろ。と言わんばかりのジョーに、横から身を乗り出すフランソワーズ。
「いいえ、気持ちですから!」
ぐいっと菓子折りを押し遣ってしまう。
院長はクスリと笑むと
「お父様の具合はいかがですか?」
「ありがとうございます。風邪も引かずに元気にしています」
こちらも笑顔で答える。
「・・・彼はこの前インフルエンザにかかりましたけど」
余計な事まで報告する。
「ちゃんとワクチンをうたないと駄目ですよ?」
「はあ・・・」
再びペコリとお辞儀をして、早々に辞する。
そんな二人の背後に、その場に居た患者さんたちの声が聞こえてきた。
「ねぇ、今のって・・・あのレーサーのひと?」
年配の御婦人がそろそろと受付に近づき訊ねている。
「この前、テレビで記者会見してた」
「さあ・・・僕はそういうのわからないから」
受付が答えるよりも早く、院長自ら答えている。
「でも似てるし。絶対、そうでしょう?」
「さあねぇ。どうでしょうねぇ」
優しく、でも決して否定も肯定もせず、うやむやのままに相手に次の質問をする隙すら与えない。
そんな遣り取りをちらりと肩越しに振り返り
「・・・凄いね」
「なにが?」
「いや・・・」
医院を出て、並んで歩きながら。
「個人情報だから、絶対に言わないだろうけれど、あの受け流しは凄い」
「だって先生だもの」
わかったような、わからないようなフランソワーズの答えなのだった。
でも、ふと気付いてまじまじとジョーの顔を覗きこむ。
「・・・だめよ、ジョーは」
「ん?」
「もし、ああいう答え方をまねしたって、ちゃあんとわかるんですからねっ?」
言ってジョーの腕にそっとつかまって。
「だめよ。浮気したらちゃーんとわかるんだから」
「・・・しないよ、浮気なんか」
知ってるだろう?と見つめる褐色の瞳。
「・・・だって」
ジョーにこんなふうに見つめられたら、誰だって誤解しちゃうもの。
「しないって。だって僕は君の夫なんだろう?」
からかうような声音で言われたものの、瞬時に頬が熱くなる。
「もうっ・・・ジョーのばか」
でも、好き。