「だって怖いんだもの」
「うわあああっ」 とある朝の事だった。 一撃必殺。 ジェットが呆然としていると、フランソワーズはつかつか歩み寄り、スリッパを履いてからほうきとちりとりで死骸を片付けた。 「あら」 「しょうがないなぁ」 ・・・怖いのはお前だ、フランソワーズっ・・・
ギルモア邸のキッチンから野太い男性の悲鳴が聞こえたのは。
彼の持ってくる予定のご飯を待つばかりとなっていた食卓は騒然となった。
「何だ?」
「今の声・・・ジェットだよな」
顔を見合わせると、全員が席を立った。
キッチンに急行してみると、そこには炊飯器としゃもじを抱えたジェットの姿があった。が、何故か壁にぴったりと背中をつけて、反対側の壁の一点を見つめている。
「おい、どうした!」
「う、あ、あれっ・・・」
指差す先には、地球上の生き物の中で最も古くから生息していた昆虫がいた。大きさは約三センチくらいだろうか。
「・・・なんだ。脅かすなよ」
興味を失って戻ってゆく仲間たちの背にジェットの悲痛な声が投げられる。
「俺はアレが苦手なんだっ!誰か何とかしてくれっ!」
「慣れろ」
冷たく突き放されるも、ジェットは動けない。
と、そこへ
「みんな除いてっ」
屈強な戦士たちをかきわけ、可憐な乙女が姿を現した。
「フランソワーズ、お前には無理だ」
ジェットが言うのに耳を貸さず、フランソワーズは右手に構えたスリッパを入ってくると同時に投げつけた。
「おっ、お前っ・・・」
「やあね、もう。こんなことくらいで騒いでいたら、ギルモア邸の管理なんてできないわよ」
「・・・」
意外な一面を見たな、とジェットは軽く肩をすくめると、炊飯器をキッチンテーブルに置いた。と、その瞬間、彼の足元を通りすぎる最古の昆虫!
「うわっ」
ジェットが片足を上げ、フランソワーズが自分のスリッパを脱ごうとした時、
「おはよう。フランソワーズ、ここにいたのか」
欠伸混じりに言ったのは、最強の戦士。その姿を認めると、フランソワーズはジョーの首にかじりついた。
「ん、何、フランソワーズ」
「ジョー、アレが出たのよっ!」
「アレ?」
「いやん、何とかしてっ!」
ジョーの胸に顔を伏せたまま指差すのは例の昆虫。
傍らには片足を上げたままのジェット。
「なんだ、フランソワーズ。あんなのが怖いのかい?」
「だって!お願い、ジョー、何とかしてっ」
「しょうがないなあ」
苦笑すると、ジョーは自分のスリッパを手にとり、目に見えない速さで投げつけた。
もちろん、一撃必殺である。
「凄いわ、ジョー!」
「駄目だなぁ、フランソワーズ。僕がいないときはどうするんだい?」
おでこをつつくジョーに、フランソワーズは頬を膨らませた。
「だって、怖いんだもの」
イチャイチャしながら去ってゆくふたり。
ジェットは片足をやっと下ろした。