「魔界の白雪姫」

 

 

私の彼氏は魔界の王子様。

名前はジョー。


私は人間界を捨てて彼と一緒に魔界にやってきた。彼だけを頼りにして。
でも全然怖くはないわ。

だってジョーがいるんだもの。
彼がいれば何にもいらない。

そう・・・どんな生き物がいても平気よ。全然大丈夫。


人間は私ひとりだけでも。


見たこともない姿形のどうぶつがたくさんいても。


全然大丈夫。

 

 

でも・・・

 


「あら、新入りさんね。お名前は?」
「・・・フランソワーズ、です」
「そう。私はキャシー、よろしくね」
「私はマユミ」
「私はヘレナ」
「私はユリ」
「私はヘレン」

 

・・・・。

 

どう見ても人間にしかみえない女のひとたちは、いったいどういうことなんでしょう?

 

 

 

 

白雪姫――フランソワーズが魔界にやってきて一週間が経っていました。

そろそろホームシックになるだろうと心配していた魔界の王子ジョーでしたが、その心配は杞憂でした。
好奇心旺盛なフランソワーズは魔界のあやしげな植物やどうぶつも興味津々でつついたり撫でたりするものだから、反対の意味でジョーは彼女から目を離せませんでした。
これはやたらに触ると手がかぶれるとか、においがついてとれなくなるよとか、つきっきりで教えなくてはなりません。それでもフランソワーズは怖がることなどなく、楽しそうにジョーについて学んでいくのでした。

ジョーとしては、怖がるより楽しんでくれたことにほっとしてはいたものの、自分が不在のとき彼女はどうやってすごすのだろうかとそんなことも思ったりしておりました。
なにしろジョーは王子です。
魔界ではあれこれ公務があるのです。


「じゃあ、どうして人間界に来ていたの?」

ある日フランソワーズに訊かれました。

「それはね・・・」

半分は修行のためでした。身分を隠して宮廷つきの魔法使いになる。そうしてひとに使われる身になることは魔界王子に課せられた帝王学のひとつでした。
しかし、あと半分はいってみれば遊びのためでした。いずれは魔界の王になるジョーです。いまのうちに色々な世界を自由に見ておきたかったのです。

でもそれはフランソワーズには言わず、ジョーはこう言うにとどめました。

「たぶん、白雪姫に会うためだったんだろ」

これだってある意味本当のことです。

「ま。ジョーったら」
「噂の白雪姫をひとめ見ようと思ってさ」
「やあね。――で・・・その感想は?」
「うん。こんなおてんばで元気がいいとは思わなかったよ」
「まあ、ひどい!」
「だってさあ。あんな大きなひとくちって有り得ないだろ」

フランソワーズのかじったリンゴ。そのひとくちサイズをことあるごとに持ち出すジョーです。

「いいじゃない、おなかがすいてたの!大体、ジョーだってどうなのよ。いくら女王に命令されたからって毒リンゴを私に食べさせるって酷くない?下手したら死んでたのよ」

それを言われると弱いジョーです。
黙って頭を掻くしかありません。

「もう・・・嘘よ。怒ってないわ」

フランソワーズはジョーの腕に頬を寄せました。

「あなたが毒を作るのが下手なのは知ってるって言ったでしょう?そうじゃなかったら食べたりなんかしないわ」

ジョーが宮廷付きの魔法使いになってから、フランソワーズはしょっちゅうその実験室に出入りしていたのでした。そうして仲良くなったふたりです。

「――俺を信用してるんだ」
「いけない?」
「きみの前ではわざと毒薬を作るのを失敗してみせただけかもしれないじゃないか」

ジョーがそう真面目な顔で言った途端、フランソワーズは笑い出しました。

「なんだよ」
「だってジョーったら。あなたがそんな器用な真似ができるわけないでしょう?嘘をつくのだってへたくそなのに」
「――えっ?」
「知らなかったでしょう。あなたの嘘なんて、ぜーんぶわかっていてよ」

 

 

 

 

「私はリタ」
「私はミッチ」
「私はアンナ」
「私はタマラ」


・・・・。


フランソワーズの眉間に皺が寄りました。

延々続く自己紹介。
どうみても人間にしかみえない姿形の女性たち。

これはまるで後宮です。

 

――後宮。

 

そう考えてフランソワーズは身震いしました。

だって、あってもおかしくはないのです。
ジョーは魔界の王子なのですから。


では――だとしたら。


もしかしたら、自分もその後宮に加わるひとりに過ぎないのでは――?