フランソワーズはとにかく、池のまわりをぐるりと巡ってみることにしました。

ヒントは醜いもの。
きっとどこかに醜いものがあって、それがジョーを捜す手がかりになるとそういうことに違いないのです。

フランソワーズが池のそばに寄ると、他の女性たちは気味悪そうに後退りしました。
遠くからちらちらフランソワーズを見つめています。

フランソワーズはそんな視線を全く気にせず、元気に池の周りを歩き始めました。
池は澄んでおり、すいれんが咲いていて醜いものとは無縁のようでした。一体誰が手入れしているのかしらと思いながら歩いていると、その足元に何か泥のようなものがうずくまりました。

咄嗟に足を止めて一歩退いたフランソワーズ。

泥の塊のようなそれは、よく見るとカエルでした。
それもただのカエルではありません。
そのカエルはフランソワーズの両手のひらでも足りないくらいの大きさの上、全体が泥のような色でねばねばしています。更にはその表面に無数のいぼが並び、そこから緑色の粘液を流しています。のそり、と動いたその動きもフランソワーズの背筋を震わせました。
どうにも生理的に受け付けません。しかも、何かが腐ったような臭いもしてきます。
醜いものとはおそらくこれに違いありません。

フランソワーズは近くに寄りたくはなかったけれど、でもきっと、このカエルがジョーを見つける手がかりのはずです。
気持ち悪かったけれど、フランソワーズはジョーに会いたい気持ちのほうが強かったので我慢できました。
そうっとカエルのそばにしゃがみこみました。


「あの・・・カエルさん。あなたはジョーがどこにいるのか知っているの?」


カエルに話しかけるなんてどうかしてると思いつつ、かといって他に方法がみつかりません。とはいえ、カエルはわかったのかわかってないのか、げろげろと醜悪な声で鳴くばかり。
その声も耳に不快でなりません。


「ねぇ。お願い。知っていたら教えてちょうだい。なんだってするわ」


するとカエルがフランソワーズのほうをちらりと見たような気がしました。気のせいかもしれませんが、どうやらこのカエルはひとの言葉がわかるようです。
フランソワーズは、そうよね魔界なんだからわかるはずよと勝手に解釈しました。
そして再度、問いかけました。


「カエルさん。ジョーはどこにいるの?」


すると。


「――教えてやる」


なんと人語を話すではありませんか。
フランソワーズは思わず身を乗り出しました。


「ただし、条件がある」
「条件?」
「俺を手のひらに載せろ」
「えっ」


フランソワーズの全身に鳥肌が立ちました。
池の向こう側にいる後宮の女性たちに目をやると、全員が気分が悪そうに胸に手をあてていました。きっとみんな、カエルにこう言われてジョーを捜すのをやめたのに違いありません。
確かに、魔界の王子であるジョーの姿があってもなくても、魔界がどうにかなるわけでもなく淡々と日は過ぎていきましたから躍起になって彼を捜す必要などどこにもないのです。
こんな醜いカエルを手に載せるなんて、貧乏くじもいいところです。

でも。

フランソワーズは考えました。

でも、自分はジョーに会いたいし、そばにいて欲しい。
いいえ、そばにいてくれなくてもいいし、自分は後宮のひとりにすぎないとわかってもいい。
ただ、ジョーの存在を感じその姿を目にしながら生きていきたい。

フランソワーズは目の前のカエルをじっと見つめました。

カエルもじっとフランソワーズを見ています。


「・・・わかったわ」


フランソワーズは心を決めました。
カエルを手に載せれば、ジョーがどこにいるのか教えてくれるというのです。そう、ただ載せるだけのこと。
簡単なことではありませんか。
しかし、実際に両手を差し出し、そこにカエルの足がかかった途端、フランソワーズの胸には後悔の念が湧き上がりました。
なんとなれば、思っていた以上に気持ちが悪かったのです。
ぬるぬるした冷たい感触に加え、ずるりと滴り落ちる粘液。いますぐこの醜いカエルを投げ捨てて手を洗いたいという衝動にかられましたが、なんとか踏みとどまりました。
目を背けながら、震える両手を差し出し続け、やっとカエルがフランソワーズの手に載りました。


「さあ、教えてちょうだいカエルさん」


気持ちの悪さは限界にきています。
いまや視覚と嗅覚の他に触覚も加わって、究極の気持ち悪さです。

けれどもカエルは黙ったままです。
何分待っても何にも言いませんし動きません。
むしろ、フランソワーズの手の上が気に入ってしまったかのようにどっしりと座り込んでいます。
フランソワーズの手のひらからは溜まった粘液が滴り落ちてゆきます。悪臭もどんどん強くなっているような気がして、この匂いは一生落ちないのではないかと思い始めたとき、カエルがちろりと舌を出しました。
その一連の動作も肌が粟立ちました。

もう限界です。

ジョーの居場所を教えてくれないなら、こんなカエルに用はありません。
フランソワーズがカエルを投げ捨てようと腕に力をこめたまさにその瞬間、カエルが声を出しました。


「この世界のきまりを知ってるかい?白雪姫」
「えっ?」

この世界の――きまり?

フランソワーズはまじまじとカエルを見ました。でも、カエルは知らん顔をしたまま何も言いません。

「きまり、って・・・」

カエルと姫。とくれば、この世界ではひとつしかありません。

「ええっ、そういうことなの?」

フランソワーズが訊くと、カエルはかすかに頷いたように見えました。が、どこかが痒かっただけかもしれません。

「でも、それじゃ――」


フランソワーズは考えました。それはもう、フル回転で。
そして先刻からのカエルの言葉をよくよく思い出してみました。
すると、ふと何かが引っかかりました。

フランソワーズはカエルを目の高さまで持ち上げました。そして、まじまじと至近距離から観察しました。


――この世界の、きまり。


「ううん、まさかよね。いくらなんでもそう簡単なわけないわ」

頭を振ってそう言ってみたものの。

「でも――もしかしたら」


再度、じっとカエルを見ました。


「もしかして・・・そうなの?カエルさん」


けれどもカエルは無言です。

フランソワーズはたっぷり3分考えました。なぜ3分かというと、両手のひらでも足りないくらいの大きさのカエルを目の高さに掲げているのは3分が限界だったからです。腕の筋肉が限界だと訴えてきました。
もう猶予はありません。いちかばちかです。


「いいわ、醜いからってそれがなんなの!」


フランソワーズはそう叫ぶと、カエルをぎゅうっと抱き締めて、そしてその醜い体表にくちづけました。