「不良と生徒会長」
――ヤだな。
しかし。 そんな気持ちを凌駕する何かがあって、今日この時スリーはここにいるのであった。
スリーの歩みが遅いことに気付いて、前を行くナインが足を止めた。 「腹でも痛いのか?」 スリーは唇を噛んだ。 「大丈夫か?」 ふっと影が動いて――ナインが目の前に来ていた。心配そうに顔を覗き込んでいる。 「さっきの元気がないな。そんなに辛いのか?」 ええそうなの――と言ってしまえば楽になる。きっとナインは戻ろうと言ってくれるはず。 でも。 「ううん。大丈夫。なんでもないわ。…暑さのせいかしら」 真夏なのだ。 「熱中症か?」 ナインの手が額にあてられる。 「うん…そんなに熱いって感じじゃないが、保健室に行くか」 気がすすまないけれど――イヤだけど――もうここまで来たのだ。 「それより、ほら。約束の時間でしょう」 覚悟を決めるしかない。
昨年の文化祭でナインが見惚れていた女の子。 だから。 そう、とりあえず――笑ってみることにした。
ちょっとぎこちなかっただろうか。その証拠にナインが少し動揺したようだった。 「もし辛くなったら遠慮しないで言うんだぞ」
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一瞬のことだった。
「今日は生徒会の用でやって来た。そのいわば客人に向かってこの態度はなんだ」 それがきっかけだったかのように視線が委員長に向けられた。突然二人がにらみ合いを始めたので、傍観するしかなかった委員長ははっと我に返りつかつかと歩を進めた。 「なぁ委員長じゃないでしょう、島村ジョー。そこを退きなさい」 そうしてジョーが退くと、やっとナインと対面することができた。 「すみません。こちらの手落ちです」 挑発するようにちらりとジョーを見る。が、そんなナインの学生服の裾をちょっと引いて注意を喚起したのはスリーだった。
そうして着席し――島村ジョーは再び戸口にもたれていた――生徒会長が来るのを待つこととなった。
***
――全く気にくわねぇ。
彼にとっての委員長――フランソワーズという名前がある――はいったいどんな存在なのだろうか。 品行方正な万能委員長。 そして。 その瞳に自分以外の男を映して欲しくはないと思うただひとりの女の子。
否。 ある程度までは伝えても構わないはずである。それによって彼女に近付く男が減るのだから。つまり、「委員長は島村ジョーのお気に入りである」という噂でもたてば彼女に近付くような男はいなくなるはずである。 そのジョーがいま、じっと見つめているのは――委員長ではなくナインそのひとであった。
なんだってフランソワーズのことをあんなに見るんだ(彼は心の中では委員長を名前で呼んでいた)。 …いや、ともかくだ。 アイツがフランソワーズを思っているのはわかっているが、フランソワーズは俺がいいと思った奴じゃないと駄目だ。
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あのひと、この――委員長のことが好きなのね。
昨年の文化祭の時であった。 ナインは多くを語らなかった。が、「ナインが委員長をナンパした」という事実はスリーにとって大きなことであった。 ナインはああいうひとが好きなのだ。 髪が長くてスタイルが良くて、まっすぐ前を見据え堂々としている女の子。はっきり自分の意見が言えて物怖じしない。 もちろん、努力もした。ナインの好みに近づけるように頑張った。 しかし。 スリーの目から見て、今日のナインはいつもと違って浮かれていた。
――あのひと。 不良なのに委員長のことが好きなんだわ。全然、釣り合わないの、きっとわかっているのにどうしようもないのね。 …私と一緒だわ。
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表面上は何事も無かったかのように話を進めながら、その実、委員長の心の中はあれこれ考えるのに忙しかった。
私なんかとは釣り合わない。
委員長――フランソワーズはそんなジョーが好きだった。
…そうよ、今日だって。
フランソワーズに気があるような思わせぶりな言葉や態度。
そう。からかわれているだけなのに、うっかり誤解して勘違いしなければいいだけのこと。
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