「委員長のチョコレート」

 


―1―

 

不良のくせに、島村ジョーはもてる。

どこがいいのかさっぱりわからない。

いつも制服のブレザーの前を空けて、袖はまくっている。冬でも夏でも。
シャツはだらしなく第二ボタンまではだけられていて、もちろんネクタイも締めていない。
ボトムに至っては…多少はまともと言ってもいい。今時のわけのわからない男子のように下げて穿いたりはしていない。でもそれはおそらく、きちんとしているという意味ではなく単に逃げるのに都合がいいからなのだろう。巷の男子のように膝までズボンを下げて穿いていたら、とても走って逃げるなど出来ない。

とはいえ。

だらしのない格好であり、風紀委員として見過ごせないのは事実である。

しかも髪はぼさぼさの伸び放題。前髪を伸ばして顔を見せないようにしているのは何のためなのだろう。
おかげで普段は片目しか見えない。目が悪いのか目つきも最悪で、あの片目に睨まれたら誰もが竦んでしまうという。

まさに不良。

不良の島村ジョー。

まったく、どうして女子に人気があるのかわからない。
あのワルイところがいいのだろうか。女癖の悪いところが手慣れていていいとでも?

さっぱりわからない。いったい彼のどこがいいのか。

どこが魅力的なのか。

言葉遣いだって最悪だし。姿勢も悪いし。
いつも手ぶらで教科書なんて持ってないし。その教科書はいつも机にしまいっぱなしだし。なのに首席だというのが一番の謎で、いつも二番の私にとって本当にむかつく存在。


いらいらいする。


見ていると。


島村ジョー。

 

なのに、どうして。

 

どうしてこんなに気になるのだろう?

 

 


―2―

 

「もうすぐバレンタインデーね」


放課後、生徒が無駄に残っていないのを確認して私は帰途についていた。
隣には何故か残っていた島村ジョーがいる。
まったく、放っておいたら煙草でも吸っていたに違いない。だから一緒に帰ることにした。


「またたくさん貰うんでしょうね。チョコ」


話題に困って、私は無難な話を始めたのだけれど。
隣の島村ジョーは全くこちらに注意を払っていなくて、結果、私の独り言のようになってしまった。

「去年も紙袋に…いくつだったかしら?ともかくたくさん貰っていたでしょう」

そのチョコをどうしたのかは知らないし、そのなかのどの子と付き合ったのかも知らない。

「もてるひとは大変ね」

なんだか嫌味っぽい言い方になってしまって、私はほんのちょっと自己嫌悪の海に沈んだ。
――もう。どうしてこうなってしまうんだろう。
彼を相手にするといつも自分のペースがわからなくなる。

束の間、沈黙が下りた。
私しか喋っていなかったから、必然的にそうなる。

二人の靴音だけが響く。


「…よく知ってるな」


暫くしてポツリと言われた。
普通のひとなら聞き逃すだろう、低くて小さな声。
でも私は耳がいいので聞き逃しはしない。

「あら、有名だもの。一年の時からチョコを貰った数はトップの島村くん、って」
「…何、それ」
「毎年、チョコ獲得数の多い男子は誰なのか、女子の間で賭けがあるのよ。知らないの?」
「知らない」
「島村くんは一番予想だからオッズは低いの」
「…風紀委員がそんなことしていいのかよ」
「だって賭けるのはポッキーだもの」
「…なんだそれ」
「遊びだし、実用性も兼ねてるのよ。ほら、昨年人気の高かった男子は彼女ができている可能性があるから今年は望み薄いしやめたほうがいい…とか。女子には大切な情報なの」
「…くだらねぇな」
「あら、そうかしら。だって傷つきたくないじゃない。思い切って告白して、でも実は彼女がいましたとかそういうのはできれば避けたいし」
「…そういうのは直前にリサーチしておくもんだろ」
「隠している男子の多さを知ったら驚くわよ」
「…ふん」


あなたもそうでしょ。

と、うっかり言いそうになって、私は慌てて口を閉じた。


再び沈黙。


――まったく。このひとを相手にすると要らぬことまで喋ってしまいそうで神経を使うわ。
気をつけなくちゃ。


「…お前はどう、なんだ」

「えっ?」


交差点で信号待ちのために立ち止まった時、ぼそりと言われた。


「どうって何が」

「だから。話の流れを読め」


話の流れ。

…チョコレートのこと?


「…誰かに渡すのか」

「えっ」


ど、どうして島村ジョーがそんなことを訊くの。気にするの。


「あ、あなたに関係ないじゃない」
「…まあな」
「わ、私が誰にチョコをあげようと関係ないでしょう」


すると彼はふっとこちらを見た。
片方しか見えない瞳。


「…話の流れで訊いただけだ」


それだけ言って、再び前を向いた。
青信号に変わっていた。

 

――話の流れで訊いただけ。
そりゃそうようね。それ以外に、ない。

でもなぜか私は酷く落胆していた。

 

 


―3―

 

「委員長はどうするの?」


突然視界に友人の顔が現れて、私は物思いから覚めた。


「どうするって何が?」
「やあね、聞いてなかったの?チョコレートの話」
「チョコレート…」
「そ。ミナが今年は手作りするって張り切ってるの。だから私も便乗しようかなって」

カトリーヌが頬を染める。いいわねぇ。彼氏のいるひとは。
その隣でミナは手作りチョコの本に見入っている。
ミナには意中の彼がいて、バレンタインデーに告白しようと心に決めているのだ。

「で、委員長はどうするの」
「どうする、って…」
「いないの?本命の彼氏」
「…いないわ、そんなの」

そう言うと本に夢中だったミナが顔を上げた。

「そうなの?」
「そうよ。そういうの、縁がないのよ私」

けれどもミナは訝しそうな顔をするとカトリーヌと顔を見合わせた。
カトリーヌは無言で肩を竦める。
いったいなんなの、二人とも。

「んー。でもさぁ、委員長。義理でも何でもいいし、渡すとか関係なしでチョコ作り一緒にやらない?」
「そうそう、友チョコっていうのだってあるんだし、お互いに作りっこしたいなぁ」
「…でも私、お菓子とか作ったことってないわ。難しいんでしょう?」
「簡単よ。溶かして固めるだけだもの」
「え、そうなの?」
「そうよ。でも好きな形に作れるし味の調節もできるし。ね。お互いに好きなチョコを作ってみようよ」
「うーん…」

どうしようかな。

「自分で食べるんだから練習と思って。ね?」
「そうよ。いつか誰かに渡すときのための練習」
「練習…悪くないわね」


そんなわけで、私は初めて手作りチョコを作る事になった。