「うわあ。凄いわねぇ。桁が違うわ」
私はそんなに暇じゃないので別に彼の姿を見物しに窓辺に寄ったりはしない。ちらりと見ただけだ。 既に彼の机の上にはチョコレートが積まれていたのだ。 彼の人気はいったいどこからくるのかしら。
私がよほど変な顔をしていたのだろう、カトリーヌは噴出した。 「なんて顔してるのよ委員長」 なるほどね。みんな顔にひかれてるってわけ。 「不良なのに」 カトリーヌが何か言いかけたところで噂のひとが教室に入って来た。 「…なんだ、つまんないの」 あまりにいつもと変わらないその姿に注視していた女子の輪も解けてゆく。
――彼に意中のひとはいないのだろうか。
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放課後。 私はいつものように教室に誰も残っていないのを確認して帰り支度をした。 ふと島村ジョーの机が目に入った。 私は小さく息をつくと教室を後にした。
校門を出たところで――不良の島村ジョーを発見した。 …何をしてるのかしら。 私は足早にその前を通りすぎようとして、――でもなぜか気になって――足を止めていた。
大儀そうに腰を上げると隣に並んだ。 ――チョコはどうしたのかしら。 でもそれを訊くのは気にしているみたいでイヤだったから触れないことにした。 別に私には関係ないし。 どうでもいいことだし。
私は制服の上にコートを着てマフラーをしている。でも彼はブレザーの前をはだけてシャツも開けているし、袖だって捲くっている。見ているだけで寒そう。 「別に」 そう言うと、低く笑ったみたいだった。 「誤解しないでね。別に心配しているわけじゃないのよ?ただインフルエンザにでもなったらみんなが迷惑するから。学級閉鎖になったら授業も遅れるし」 何もする様子がなかったから、私は彼の前に回りこむと無理矢理ブレザーのボタンを留めた。 「ほら、これでちょっとは暖かいでしょう」 ふと目があって、私はなんだかとても大胆なことをしてしまったような気がして頬が熱くなった。
「何?」 お昼ごはんは食べたんでしょう? とはいえ、あの大量のチョコがあったでしょう。 「…これでよかったらドウゾ」 ちょうど公園が見えたので、そこのベンチに座ることにした。 「…委員長が作ったのか」 10センチ四方の箱の中には丸いトリュフチョコが4つ。 「…無理しなくていいわよ」 そうして二つ目を口に入れて、今度は悶絶した。いっきに額から汗が湧く。 「それは唐辛子ね」 それでも感心したことに島村ジョーは吐き出したりせず、あとふたつのチョコもきちんと食べたのだった。 …お水とか飲まなくていいのかしら。 「…まったく。チョコ作って辛いってお約束かよ」 心臓が跳ねた。 「一個じゃ腹の足しになんねーよ。持ってるんだろ、もうひとつ」 手が差し出されたので、――私はしぶしぶバッグからチョコを取り出した。 「さんきゅ」 そう言うと彼は何のためらいもなく箱を開けた。 「――なるほどね」 小さくそう言うと、――中身を取り出し、齧った。 「…甘い」 手を伸ばしたのを器用に避けて、島村ジョーはチョコをくわえたまま 「貰った以上、これは俺のだからやらない」 と言った。 「あの、別に深い意味はないんだから。みんなに合わせて作っただけで」 ああもう、何を言ってるのかしら私。 「どうせ似合わないとか思ってるんでしょう?でも、カトリーヌもミナもやっぱりバレンタインはハートよねって盛り上がってるし、どうせならイチゴミルクのチョコにしようって勝手に決めちゃうししょうがなかったんだもの。別に誰かにあげようとかそんなつもりは全然なくて、今日だってバッグにたまたま入っていただけで」 するとチョコをあっという間に食べ終わった島村ジョーは、私の頭にぽんと手を載せた。 「うん。よくわかった。ごちそうさま」 ああもう、なんだか泣きそう。 「違うの、そうじゃなくて」
私が混乱していると島村ジョーは鼻の頭をちょっと掻いて、ちらりとこちらを見てから言いにくそうに言った。 「――ふたつめのチョコが本命?」 し、知らないっ。 「いや…ひとつめもそう、か」 納得したように頷いた。 「ごめん。もう貰わないから。……他の女からは」 そう言うと島村ジョーは立ち上がって、正面から私を見下ろした。 「…なによ」 そしてちょっと屈んで、私の顔を覗きこんだ。その距離、数センチ。 「…フランソワーズ。一ヶ月もヤキモチ妬くって飽きないわけ?」 顔が近い。 「――だったら、さっきのチョコは何」 それは。 「…フランソワーズ?」 囁くような小さな声。 息が頬にかかる。
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