「Rain Rain」
降り出した雨は、街を鈍色の膜で包んでゆく。 春の雨は嫌い。 ――まだ、お花見していなかったのに。 おそらくこの前の休日にお花見をすませていたなら、今日のこの雨ももう少し好意的に見つめていたことだろう。 「あ、ごめん。その日はサーキットに行ってるから」 拝むように片手を顔の前に立て、その人は言った。 「そう。別にいいわ。もし暇だったら、って思っただけだから」 今度のお休みの日に近くの公園に行ってみない?桜が綺麗よきっと。 そんな、何気ない風を装って誘ったお花見だった。 ――別にいいわ、そんなにお花見したいと思っていたわけじゃないし。 ただ一緒にいたかったのだとは言わない。 鈍色に染まる街を見つめ、フランソワーズは小さく息をついた。 *** 雨は一向にやむ気配がなかったので、バッグから折り畳み傘を取り出し広げ、建物の外に踏み出した。 どうにもやりきれなかった。 自分の、こんな――片思いのような恋も、消えてゆくのだろう。少しずつ。 春の雨は嫌い。 傘に当たる雨の音も嫌い。 こんな自分も嫌い。 ジョーも――もっと嫌い。 「嫌い」の数を数えながら歩く道はいっそう濡れて滑りやすくなっていた。 こんな自分は嫌い。 こんな雨も嫌い。 全部、嫌い。 「おっと危ない」 妙にのんびりした声と共に、がっしりした腕に抱きかかえられていた。 「・・・ジョー」
せっかく綺麗に咲いた桜の花を、あともう少し見ていられると思っていた希望をあっさりと散らすから。
そんな個人的な事情を知るはずもない雨は、静かに街を眠らせてゆく。
雨の中、人の通りも車も少しずつ減っていくように思えた。
これもまた、個人的な見解であったけれど。
言葉ほどには悪いと思ってないのは、涼やかな顔を見ればわかる。
言えるわけもなかった。
レッスンを終えて出ようとした矢先の雨だった。
傘に当たる雨の音が今日はやけに耳につく。
軽く舌打ちをして雨の中を歩く。
こうして、大事なものはひとつひとつ消えてゆくのだろう。自分には成す術もなく。
こんな気持ちでいる時に転んだりしたら最悪だ。きっと、世界の全てのものに悪態をつくことになるだろう。
だから慎重に歩いていたはずだったのに、正面から走ってきた男性とまともにぶつかってしまった。
全くついていない――どこに目をつけてるのよ――もう最悪――
頭の中で嫌なものが渦を巻く。
顔を見なくてもわかる。この声は、この腕は――