なんと、今ぶつかったのはジョーその人だった。
「ゴメンゴメン」 悪びれずにこにこしながら頭を掻いてみせるその姿に、フランソワーズの先刻からの不機嫌値が上昇した。 「ちゃんと前を見てよね。いったい何をやってるのよ」 どこへ行くのか気になった。が、平気な顔をしてみせる。 「だったら、早く行ったら?」 「――えっ?」 雨の中、傘もささずに走ってきたらしいその姿は、靴もパンツの裾も肩も髪も、何もかもが濡れていた。 「朝から天気予報で夜になったら雨が降るって言ってたのに、傘を持って行かなかっただろ?だから」 自分の両手を見て、そしてフランソワーズの手に握られている傘を見て。 「傘・・・持ってたの?」 なんだそうか、そうだよな、折り畳み傘という手があったか――とほっとしたように言うジョーに、フランソワーズはちょっとだけ微笑んだ。 「ばかね。傘を忘れたら意味ないでしょう」 くすくす笑い合う相合傘。 「今日は車じゃないの?」 何がちょっとなのか見当もつかず、フランソワーズは曖昧に笑った。 「――フランソワーズ。寄るところがあるんだけど、いいかな」 どこに寄るんだろう――と思いながら、ジョーが導く方へ一緒に歩いてゆく。 「ジョー、いったいどこに・・・」 問いかけた途端、大通りに出た。 「ねぇ。いったい」 立ち止まったジョーに不審な目を向ける。彼の寄りたいところはいったいどこなのかと思いながら。 すると、そこには。
ピンク色の樹。
通りの向こう側に、ピンク色の樹が連なっており、街灯の元に白く輝いて見えた。 「え・・・散ったと思ってたのに」 ジョーが心配そうにフランソワーズを窺う。 「この前行けなかったから。――こんな場所でごめん。でもちょうどライトアップされてるみたいに見えるし」 目の前を結構なスピードで車が走りすぎてゆく。
落ち着かない場所の、遠くに見える八重桜。
そして、心配そうなジョーの顔。
「車だと通り過ぎるだけでちゃんと見れないし、それに今日じゃないともう散るかもしれないから、だから」
フランソワーズは何も言わない。 車の音と、傘に当たる雨の音。
――春の雨は嫌い。
こんな自分も嫌い。
ジョーも嫌い。
だったけれど。
「・・・ジョー」
心配そうなジョーの顔。
雨の向こうの八重桜。
「――ありがとう」
春の雨も、好きになれそうだった。
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