RE009「月夜」

 

 

 

「見て、ジョー。綺麗な月よ。――月がとっても綺麗ですね。…なんちゃって」

 

ジョーを見守っていた(監視していた、じゃないわよ)30年間。何度も中秋の名月を見た。日本では誰も彼もがさも重要事項のように忘れない行事らしいから。
でもそれは、私が日本人ではないからなのか、残念ながらいつも良さがわからないまま終わっていた。

だけど今は違う。

隣にジョーがいる。

そうして一緒に見る月夜は、――ああ、これならわかる。日本人が皆、中秋の名月に夢中になるのが。
たぶん、この気持ちを一度でも味わえば。そうすればきっと、一人で見ようが数人で見ようが関係ないのだろう。
家で大事な人と見ようが帰宅途中に夜空を見上げようが。
月は月。
月夜は月夜。
だって今ならわかる。30年間ずっとわからなかったことも。

ジョーと一緒に見る、たぶん初めての中秋の名月。

大好きで仕方ないひと。
いなくなったら困るひと。
いつも自分の気持ちのどこかにいて、常にではないけれどその人のことを一日に数回思い出してしまうひと。

そんなひとと一度でも一緒に夜空に浮かぶ月を見たならば。

きっとわかる。

で。

そんな大事な行事を迎えるにあたり、私は古来日本で語り継がれていた愛の告白なんてものを言ってみようと思ったのだった。伊達に30年過ごしていない。少しは日本の文化も勉強した。
アイラブユーを月が綺麗ですねって訳したひとがいたという。
それって何て素敵なのだろう。

ジョーはわかるかしら。

隣で月を見ている彼の横顔をそっと窺う。
――まあ、無理かもね。彼の国語の成績はかなり残念だったから。

 

「そうだね。――死んでもいいかな」


は?


え?


何?


「えっ、なん…」
「どうかした?」

どうかした、ですって?

「だって、なんてこと言うのよジョー!」
「…え?」

ぽかんとしたジョーの顔を眺め、私はちょっと涙が出るくらい怒っていた。
せっかく宇宙から生還してここまで回復したというのに、死んでもいい、ですって?

「ジョーのばかっ」
「は。え。だ…って、君が月が綺麗ですねって言うから」
「何よそれ、意味わかんない」
「えー」

ジョーはなんだよもうと膨れると、私の頭を乱暴に自分の胸に抱き寄せた。ああもう、髪ぐちゃぐちゃ。

「あのさあ。月が綺麗ですねって言ったらその返事は」
「――月が綺麗だねって返すんじゃないの?」
「んー…」

ジョーは言い淀むと、まあいいやって投げるように言うと私をぎゅっと抱き締めた。

「フランソワーズに日本文学は難しいかもね」
「ま。国語が残念なひとに言われたくないわ」
「ははっ」

ジョーが笑う。抱き締められている私には彼の声は彼の胸の奥から直接響いて伝わってくる。
それがくすぐったくて、でも嬉しい。

そんな月夜はきっと忘れない。