RE009「月夜」
「見て、ジョー。綺麗な月よ。――月がとっても綺麗ですね。…なんちゃって」
ジョーを見守っていた(監視していた、じゃないわよ)30年間。何度も中秋の名月を見た。日本では誰も彼もがさも重要事項のように忘れない行事らしいから。 だけど今は違う。 隣にジョーがいる。 そうして一緒に見る月夜は、――ああ、これならわかる。日本人が皆、中秋の名月に夢中になるのが。 ジョーと一緒に見る、たぶん初めての中秋の名月。 大好きで仕方ないひと。 そんなひとと一度でも一緒に夜空に浮かぶ月を見たならば。 きっとわかる。 で。 そんな大事な行事を迎えるにあたり、私は古来日本で語り継がれていた愛の告白なんてものを言ってみようと思ったのだった。伊達に30年過ごしていない。少しは日本の文化も勉強した。 ジョーはわかるかしら。 隣で月を見ている彼の横顔をそっと窺う。
「そうだね。――死んでもいいかな」
どうかした、ですって? 「だって、なんてこと言うのよジョー!」 ぽかんとしたジョーの顔を眺め、私はちょっと涙が出るくらい怒っていた。 「ジョーのばかっ」 ジョーはなんだよもうと膨れると、私の頭を乱暴に自分の胸に抱き寄せた。ああもう、髪ぐちゃぐちゃ。 「あのさあ。月が綺麗ですねって言ったらその返事は」 ジョーは言い淀むと、まあいいやって投げるように言うと私をぎゅっと抱き締めた。 「フランソワーズに日本文学は難しいかもね」 ジョーが笑う。抱き締められている私には彼の声は彼の胸の奥から直接響いて伝わってくる。 そんな月夜はきっと忘れない。
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