「リ・ボ・ン」

 

 

 

男の人も泣くのね。

振り返ってみる。回転扉の向こうには瞳に涙を溜めている――彼。

格好悪い。
女々しい。
ただの優柔不断。
泣き虫――

思いつく限りの、ありったけの悪口を彼に投げつける。心の中で。
そうしないと――彼の元に戻ってしまいそうだったから。

絶対、もどらない。

あんなひとのところになんか。

 

***

 

ごめんね。

そう、最初から彼はそう言っていた。僕には――と言い掛けた言葉を途中で遮った。聞きたくなかった。
そんなの、どうでも良かった。
彼女がいてもいなくても関係ない。だから、聞かない。

それでもいいの。一日でいいから。

そう無理を言った。

仕事を辞めたのは3月だった。そのとき、無理を言って一緒にお茶を飲むのを付き合ってくれた彼。
島村ジョー。
ずっと大好きだった。憧れていた。
だから、辞めるときに勇気を出して告白した。――優しい彼は、そんな私を放って帰ってしまったりなんかしないはず。
そういう計算も、あった。そして彼は予想通り一緒にお茶を飲んでくれた。たぶん・・・予定があったのに違いないのに。
だって何度も何度も携帯を見て、時間を気にして。
だけど気付かないふりをした。
そんなの、私には関係ない。だって、明日からもういないんだから。もう彼にも会えないんだから。
いつでも会える人なんか――ちょっとくらい待たせたっていいでしょう?

そして、約束した――とりつけた。今度もしどこかで会ったら、食事くらいはしましょうね。って。
私の言葉に彼は鷹揚に微笑んで――いいよ。って言った。おそらく、もう会うことなど無いと思っていたか、もしくは、そう答えておけば私が彼を引き止めないだろうから、早くこの場を去れる。そう思った結果の発言だったのだろう。

けれども彼は計算を間違った。

私たちは再会した。ここ――日本で。

彼が今日、サーキットに来るとは思っていなかった。それは本当だったけれど――期待していなかったかというと嘘になる。もしかしたら、って。ほんのちょっとは思っていた。
だから。
彼の姿を見た時――思わず駆け出していた。あの時の約束を憶えてますか?って。
彼は私を見て驚いて――憶えてると言った。
ほら。
彼は優しい。
憶えていない――とは、絶対に言わない。だから私は、3月にそういう約束をした。
今度会ったら、そのときは絶対にデートできる。と確信していたから。

 

***

 

サーキットを後にして、彼の車で横浜へ行った。一緒に食事をするために。
途中で彼は、何度か携帯電話で誰かに連絡をしていたようだった――けど、気にしないことにした。
そんなの。
私にはどうでもいい。
今の私にとって、大事なことは――目の前に彼がいるということ。ふたりっきりで。

「どうして今日、サーキットに?」

オーダーをしてからの待ち時間に、彼は当然の質問をしてきた。
私は仕事を辞めたから、もうサーキットに用はないはずだと思ってる。

「キャンペーンガールを辞めてから、学校に行ってるんです――工科の」
「工科?」
「エンジニアになりたくて」
「へぇ・・・前から興味があったの?」
「はい。――もちろん、F1のスタッフなんてとてもじゃないけどなれませんけど・・・」

でも、近くでマシンを観る機会に恵まれていたことは事実。
そうして、それがなければエンジニアに憧れたりなんかもしなかったはず。

「でも、もしかしたらいつかは・・・って」
「うん。そういうのは大事だよね。――頑張る原動力になる」

目の前の褐色の瞳は優しくて、私はつい勘違いしそうになった。
彼は私だけを見つめてくれている・・・と。
それは違う。本当のことではない。が。
今は――この瞬間に於いては、それは事実だった。

いま、彼が見つめているのはこの私。