食事のあとは――場所を変えて――静かな所で、もう少し一緒にいるつもりだった。
そのあとどうかなるのだったら、なってしまえ――とも、思っていた。

けれど。

「――ごめん。送れないけど、まだ時間も早いし大丈夫だよ・・・ね?」

申し訳なさそうにそう言われた時、耳を疑った。
なに、それ。
時間は――まだ9時よ?
本当に「一緒に食事をしただけ」って、そんなのないでしょう?

「ごめん。――このあと、実は予定があって」

そんなの、聞きたくない。
だって、私を追い払うための――嘘に決まってる。

「――っ、そんな・・・っ。島村さん、今日はずっと付き合うって言ってくれたのに」

もちろん、そんな事を彼は言っていない。

「本当にごめん」

優しい彼は、私の言葉が嘘だと知っていても怒らない。正さない。ただ――謝るだけ。

「やめて。謝らないで。――そんなに言うなら、付き合ってくれてもいいでしょう?」
「ごめん――無理なんだ」
「無理、ってどうして」
「ごめん」

謝ることしかしない。他には何も――しない。

私が彼の腕を掴んでも。
彼の胸におでこを押し付けても。
なんにも――しない。

・・・今までに付き合った男の人なら。
私が泣いてすがって言えば、必ず落ちた。私を抱き締めて、そうして――。

だけど、いま目の前にいる彼は――何にもしない。
指いっぽん、動かさない。
ただ、謝るだけ・・・

「――私の事を馬鹿にしてるの?」

彼の胸の中で言ってみる。

「え?――してないよ」
「だって、・・・だったら」
「それは――ごめん。できない」

どうして!?
私が――女の子が、こんなに泣いてすがっているのに放置?

周囲の人々も怪訝そうに見つめながら通り過ぎてゆく。
笑い者になっているのは――私、だ。

こんなの。
こんなはずじゃなかった。

「馬鹿にしてないんだったら――どうしてこんな恥をかかせるのよ・・・っ!」

彼のジャケットを掴み、胸の中で言う。
どうして落ちないの。
どうしてほだされないの。
私だって、少しは自信があったのに。
スタイルだって、いい。グリッドガールをしていた時だって、他のスタッフやエンジニアや、時にはドライバーにも声をかけられていたのだから。だから、絶対に彼だって私のこのプロポーションには負けるはずよ、って・・・。
なのに、泣いている胸のなかの女の子の肩でさえも抱こうとしない。
ただ、そのまま動かない。静かに胸を貸しているだけ。

「――ひどい・・・」
「ごめんね」

繰り返されるごめんねは、もう聞きたくなかった。
こんなに泣いて、すがられて――本当は彼の方が迷惑しているのに。
なのに、彼は私を叱らない。怒らない。諭さない。何も――してくれない。私のためになんかは。
そう。
彼は、私のためには何にもしなかった。
期待させるような言葉のひとつさえ言ってない。私が勝手に曲解しただけで。
ただ、優しいだけで・・・何も言わない。何もしない。
何も。

「・・・・もういい」

言って、掴んでいた彼のジャケットを離す。
こんな――こんな寂しい失恋なんて、あっていいのだろうか?
彼が全く私に興味がないというのを悟る、なんて――。せめて、「嫌い」と言われるほうがまだましだった。
だけど、彼は私に向かって「嫌い」なんて言わない。それどころか、「好きだよ」なんて言ってみたりする。
ただ、その「好き」は愛情ではなく友情の範疇で――優しい彼の精一杯の思いやりに違いなかった。

「――さよならっ」

そのまま踵を返す。
何も言えなかった。
ありったけの言葉で罵倒してみたかった。
だけど。

「・・・ごめん」

そう言った彼の瞳は酷く寂しげで――泣きそうだった。
だから、喉にせりあがった悪罵を私はそのまま飲み込んだ。
そうして彼に背を向ける。

ただ優しいだけのひと。
憧れて憧れて――でも、私には一片の興味すら抱いてはくれなかった。

いま一度、振り返ってみる。

彼はまだこちらを見ていて――小さく、ごめんねと言った。

――もうたくさん。

あんなひと。
こちらから願い下げよ――

格好悪い。
女々しい。
ただの優柔不断。
泣き虫――