彼女の姿が小さくなって――消えた。
それを確認してから、私はそっと一歩踏み出した。

微動だにしないひと。

近くに行っても気付いてない。

そっと――ハンカチを差し出した。

「・・・フランソワーズ」
「はい。――使って?」
「別に、泣いてないよ」
「泣いてる」

はっとして顔をこする。

「――泣いてないよっ」
ヘンな事言うなよっと言いながら歩き出す。足早に。

「このあと、予定があるのよね?」
追いかけながら言う私の言葉にも無反応。

「私のことも――送れない?」
それでも沈黙したままで――私は小さくため息をついて――そのまま、後は黙って彼の後を歩いた。

ほどなく、駐車場に着く。

「――乗って」

いつもよりも低く、不機嫌な声で言われる。

「アラ。だって、私を送ってくれるのかどうか答えをまだ聞いてないわ」
「・・・・送るよ」
「予定があるんでしょう?」
「――そんなの、」

やっと顔を上げて私の方を見てくれた。

「・・・大体、どうして君がここにいるんだ」
「あら、だって――」
私はあなたのストーカーだもの。それも、世界を翔ける。――知らなかった?

「電話をくれたのはあなたじゃない」

 

***

 

――今日、少し遅くなるから。
――あら、じゃあ何時くらいになるの?夕ごはんは?
――うん。すませるから大丈夫。時間は・・・夜中にはならないよ。いつもよりほんのちょっと遅れるだけ。
――そう。いまどこにいるの?
――横浜。
――ひとりで?
――いや・・・
――女の子と一緒ね?
――・・・・・。
――わかったわ。
――あの、フランソワーズ・・・
――わかった、って言ったわ。
――うん。そうだね
――切るわよ?

 

それでも心配そうだったジョーの声に笑みを浮かべる。
半ば強引に通話を終わらせたのは――これは、ほんのちょっとのヤキモチ。
だけどきっと気付いてない。私が全然、ヤキモチを妬いてないと思って不安になっている。
何故なら、私は明るい声で応え、終始落ち着いていたから。でも――
そんなの、わざとよ?
ちょっとくらい、不安になってなさい。

そして私は出かける支度を始めた。

 

***

 

ジョーの行きそうな所はわかってる。
それに、わざわざいまどこに誰といるのかを報告してくるなんて、まさに――見つけてくれと言わんばかりの。
全く、手がかかる。
こんな手間暇かかるひとのどこに惚れたのかしら私。
そんな疑問を抱えながら、横浜の――クイーンズスクエアに足を向ける。
オフィスの入っているビルからは職員たちが吐き出され足早に駅に向かっている。
ひとりでその流れに逆行している私は、明らかに異様だった。

そうして見つけたのは、回転扉の向こう側に立ち尽くす――影。

女の子が胸にすがっていて。
男の方は棒立ちで。何にもしない。
――肩くらい抱いてあげてもいいのに。

そして――女の子が男を見限ったかのように離れ・・・消えた。

ちょと見には、フラレたのは男のほうだった。

――どうしてこう、うまいのかしら。

なんだか悔しいようなほっとしたような――ヘンな気持ちになりながら、彼の方へ足を踏み出した。

 

***

 

「――で?私を送ってくれるの?くれないの?ダメならタクシーでも拾って」
「送るよ」

腕を掴まれる。それも――尋常ではない力で。

「痛いわ、ジョー」

それでも離してくれない。
そのまま引き寄せられ――強引に、彼の胸のなかに抱き締められる。
だけど。

「――離して」
「イヤだ」
「離して」
「イヤだ」
「離して、ってば!」

突き飛ばすように彼の胸を押して――離れる。
目の前には、驚いて目を瞠っているジョーの顔があった。

「・・・フランソワーズ?」