傷ついたような。
驚いて。
そして――絶句した。

ばかなんだから。本当に。

どうして私がわざわざここまで来たと思ってるの。

「――脱いで」
「え!?」
「早く」

戸惑うジョーに構わず、彼のジャケットを無理矢理脱がせてしまう。
それから――

「ネクタイも外して」
「あの、ふら」
「いいから!」

不得要領な顔をしつつも素直にネクタイを外す。そしてそれを受け取って――
シャツ姿になったジョーをしみじみと見つめる。

「――ん。それでいいわ」
「それでいい、って・・・フランソワーズ?」
「なぁに?」
「それ・・・」
「コレ?」

バッグからビニール袋を取り出し、ジョーのジャケットとネクタイを丸めて突っ込み、口をぎゅっと縛る。
それから辺りを見回し・・・残念ながら、ごみ箱がなかったのでそのまま手に提げる。

「燃えるごみだけど?」
「ゴミって」
「ゴミでしょう?」

訳がわからないといった風にじっと見つめる褐色の瞳。
私がどうかしたとでも思ってるのかしら。

「帰りましょう?」
「あ、うん。そうだね」

車のドアロックが解除される。

「あ、そうだ。――トランク開けて」
「え?」

戸惑いつつも、ジョーは言われるままにトランクを開け――私はそこに燃えるゴミを投げ入れた。
音をたててトランクを閉め、改めてジョーに向き合う。

「帰ったら捨てなくちゃ」
「捨てる、って・・・」
「だって、もう二度と着ないでしょう?」
「え」
「着ないわよね?」
「き――」

私の顔をじっと見つめて――答えを探すかのように――

「――着ません」

 

***

 

車内では、ジョーはおっかなびっくり私に接していた。

「ね――怒って、る?」
「別に」
「・・・フランソワーズ」
「怒られるようなことをしたの?」

黙る。

私はその沈黙と車内に満ちる香りに顔をしかめた。
しばらくこのままで我慢するのはちょっと辛い。――酔うかもしれない。

「――ああもう。ジョー、いい?帰ったらすぐにお風呂に入るのよ?」
「・・・ハイ」

きっと彼の頭の中には疑問が渦巻いているのだろうけれど――教えてあげない。

私は窓を全開にして、風と騒音で車内を満たした。沈黙もこれで相殺されてわからなくなる。

「――ジョーのばか」

きっと彼には聞こえない。だから言う。

「――ごめん」
「何謝ってるの」
「・・・なんとなく」
「謝るようなことをしたの?」

黙る。

全くもう。

そっと手が伸びてきたけど、それを避ける。
「・・・フランソワーズ」

泣きそうな――声。でもほだされない。

「だめ。お風呂に入ってから」

そう――彼女の残り香のままのジョーになんて、触れたくない――触れられたくない。

さっきまで一緒にいた彼女が、彼にどんなに近かったのか――ジャケットに滲み込んだ彼女の涙や香水、ネクタイに残る芳香、そして彼の髪にさえ残る彼女の香り。

そんなジョーは嫌い。

ちらりとドライバーの横顔を見る。
すると、ジョーの唇は微笑んでいて――

私の視線に気付いたのか、ちらりと一瞬こちらを見た。

「――フランソワーズ」
「何よ」
「・・・・」

嬉しそうに微笑む。それを見つめ――心の中でため息をついた。気付くのが遅いわ。ジョーのばか。

 

***

 

ジョーは、私が妬かないと不安になるらしい。前にそう言っていた。
だったら、そもそも私が妬かないようにすればいいと思うんだけど――そういう問題ではないらしい。
だから。
ジョーが女の子と一緒、っていうだけで私は妬かなくてはいけなくて・・・そうじゃないと落ち込むのだ。ジョーが。
メンドクサイ。
信じてるから妬かないのよ?
そう言っても、ダメみたいで。

だから私は、いつもきっちり――ヤキモチを妬く。

 

ジョーはもてる。

F1ドライバーというのを差し引いても、もてる。

だから、引く手あまたで・・・今日みたいな事態もけっこうある。でも、心配はしない。だってジョーはいつでも上手に相手を振っているから。
ただ、振って平気かといえば――そうではないのだ。
いつも、いつも・・・誰かを自分の一存で傷つけなければいけないというのに慣れないでいる。
だけど、だからといって情にほだされて流されてしまったら――その事実に私が傷つくというのを知っている。
彼の中では、誰かが傷つくのと私が傷つくのとでは比重が違うのだろう。私が傷つかないように決めているようだった。

とはいえ、故意にひとを傷つけなければいけないというのは辛いらしく、いつも――必ず私に電話をしてくる。
いつも。
いつも。
時間も場所も誰といるのかも伝えてくる。
だからこれは――彼からのSOSのサイン。お願いだからそばにいて、という。

もう慣れたわ。

ただ、たまには今日みたいに――全く妬いてません。という態度をとってみたりもする。
だって、電話一本で私がジョーの元に来ると思われているのなんて、なんだか悔しいもの。

でも、私が妬かないと途端におろおろして途方に暮れたようになってしまうジョー。
ばかなんだから。
でも、時には少しくらい・・・不安になってくれてもいいでしょう?
いつもは、ちゃんと信じているのだから。

 

***

 

「――フランソワーズ」

ドアが開いたと同時に湯上りのジョーが入って来て――ふわんと私を抱き締めた。

「――ごめん。――ありがとう」

私の大事なおばかさん。
大好きよ。

「ジョー、ちゃんと服を着てください」
「なんで。すぐ脱ぐのにメンドクサイ」
「・・・ばかっ」

 

あなたを誰かが抱き締めたとしても。
あなたが誰かを抱き締めたとしても。
私は平気。
信じてるから。
あなたの心の中心にいるのは、いつだって私なのだと。

――そうよね、ジョー。

大好きだから、信じてあげる。
大好きだから、疑わない。

そう決めているのだから。

そうして私は今日も、自分の大切な気持ちにリボンをかける。
――大切なあなたへの、ありったけの・・・