「Second wish」

 

本当は綺麗なはずの眼下の夜景が滲んでぼやけてよく見えない。
それでも、決して涙を流したりなんてしないようにきゅっと唇をむすんで。
そうして何とか笑顔を作ろうとするものの、すぐに顔が歪んでしまう。

さっきからそれを繰り返しているフランソワーズ。
テーブルを挟んで、じっと彼女を見つめていたジョーは少し身を乗り出して囁いた。
「フランソワーズ。我慢しなくてもいいよ」
けれども、答えはない。

だって、ここで泣いたらジョーが困る。まるで彼が泣かしたみたいに見えてしまう。

 

 

ほんの30分ほど前のことだった。

以前から予約していたというレストランが『ジュール・ヴェルヌ』と聞いてフランソワーズは大喜びだった。
エッフェル塔にある、ミシュランガイド星1つを獲得しているその店は少なくとも3ヶ月前に予約が必要だった。
しかもクリスマスイブというイベント日は一年前から既に予約している客もいるという。
そしてパリの街を一望できる窓際のテーブルは少なく、席を指定して予約しないと座れない。

「お兄ちゃん、いったいいつから予約していたの?」
瞳を丸くしながら尋ねる妹に
「まぁ、いろいろとな」
と笑って答えた兄は、妹の頭越しに黙ってジョーに目配せをした。
今から起こることを考えると、ジョーの気持ちは少しだけ沈んだ。

だって、絶対に、泣く。

その確信があった。
これから、おそらくフランソワーズが泣くであろうことを故意にしようというのだ。
それが彼女の兄が計画した事とはいえ、胸中は複雑だった。
事後処理を任せられているものの、そしてその点は絶対に大丈夫だと自負しているものの
できれば彼女を泣かせるようなことは避けたかった。
しかし。
兄の気持ちもわかるだけに、頭から反対もできず・・・結局、彼の計画に乗ることになってしまった。

エッフェル塔に行くまでの車の中でも、フランソワーズは頬を上気させて嬉しそうにずっと喋っていた。
世界で一番大好きなお兄ちゃんとジョーと一緒にクリスマスを過ごせるのが嬉しい。
と、何回も繰り返して。
子供の頃から、クリスマスは家族で過ごしてきたからお兄ちゃんがいないクリスマスなんて考えられない。
そうも言っていた。
もちろん、ジョーだって家族なんだもの。いつも一緒に居てくれなくちゃイヤよ?
兄の顔とジョーの顔を交互に見つめ、そしてそれぞれの腕に自分の腕を絡ませ、甘えたように微笑んで。
私、幸せだわ。きっと今世界中で一番幸せよ。

それが一変したのは、『ジュール・ヴェルヌ』専用エレベーターを降りたときだった。