「ジョーは知っていたの?」
予約していたシートに収まってから、やっとフランソワーズがポツリと言った。
兄を見送ってからもずっと無言だった。
彼女の中で「家族と過ごすクリスマス」というのは何より大事なもののはずで
その中に「兄がいない」ということはきっと一度も想像すらしたことがなかったはず。
「・・・うん」
日本に居たときから、彼から電話をもらって話を聞いていた。
妹をくれぐれもよろしく頼む、と。
「・・・そう。知らなかったのは私だけだったのね」
それっきり、窓の外に視線を向けたまま何も言わない。
たぶん、妹だっていつかはそういう日がくることをわかっているはずなんだ。
彼女の兄は遥か海の向こうでそう言った。
俺とフランソワーズが兄妹だということは一生変わらないし、大事な家族だというのも変わらない。
だけど、いつかはそれぞれに新しい家族ができる。
そうしたら、その新しい家族と過ごすようになっていくのは当たり前の事であり大切な事なんだ。
だけど、本当にいいんですか?
何もクリスマス当日に言わなくても。
そう言い募るジョーに、
前もって言ったら、あいつはパリに来ないよ。
そう苦笑して
それに・・・フランソワーズは強い子だ。ちゃんとわかってくれる。
勝手な事を言う。
いくら兄妹の絆が強くても、本当にそんなことをしてフランソワーズは大丈夫なのだろうか?
そんなジョーの思いが電話線を通して伝わったのか
「ジョー。ちょっと訊くが、いいか?」
と急に改まった声で言われる。
「・・・はい」
身構えつつ答える。
「前にも訊いたが、もし妹と他に女性が助けを求めていたら、君はどうする?
もちろん、どちらかひとりを何とか助けられる時間しかない。加速装置を使ってでの話だ」
一瞬、黙って。
「やっぱり妹は後か?」
確かに以前はそう答えた。
女性を先に助けて、すぐにフランソワーズを助けに戻ると。
間に合わなくても必ず間に合わせるし、彼女は絶対に諦めず待っててくれるはずだからと。
だけど。
「違います」
きっぱりと言い放つ。
「ほう?」
「その場合・・・どちらも後にしません。同時に一緒に助けます」
「それは無理だ」
「できる方法を考えます」
「方法がなかったら?」
「それでも、どちらも後にしません」
そう。
数年前の自分は何もわかっていなかった。
「003」だから後でもいい。
そう思うのは勝手な自分の都合でしかなく、確かに彼女は待っていてくれるかもしれないけれど
だけどもしかしたら、自ら自分の命を捨てるかもしれないのだ。
「009」である島村ジョーを窮地に陥れないために。
彼が「二者択一」をしやすいように。
そんなことはさせるものか。
彼女を独りで待たせるなんて、絶対にしない。
もし彼女が待っていてくれて間に合ったとしても・・・それまでの間は「独り」だ。
自分が誰かを助けている間、彼女はたった「独り」で待っているんだ。
そんなことはしない。
そんな思いはさせない。
だから自分は、どちらも待たせない。二者択一なんてしない。
それができる男になる。
そう決めたのだった。
「・・・お前、変わったな」
微かに笑いが含まれる声。
「・・・そうか。だったら・・・大丈夫だな。任せるよ。全部」
きっと俺が去った後は荒れるぞ?
だけど任せるからな。
半ばおどけたように言うけれども、これは今までのミッション全部を併せても足りないくらいの任務になる。
「わかりました。・・・大丈夫です」
そうしてパリに来たのだった。