我慢なんてしてない。
だって、わかってたもの。
いつか、そういう日がくるってこと。
ただ
まさかそれが今日だとは思ってなかった。それだけなの。
目の前の心配そうな褐色の瞳。
彼にちゃんとそう言えば心配をかけずにすむってわかっているのに言わなかった。
心配をかけたいんじゃないの。
ただ、今は。
甘えていたかった。
いま一緒に居る誰よりも大切なこのひとに。
料理やワインが次々に運ばれてきて、ジョーとフランソワーズの二人は何事も無かったかのように食事を進めた。
時折、微笑み合って。そして、会話もひとこと、ふたこと。
周りから見れば、随分無口なカップルだったであろう。
デザートを終えて、コーヒーと焼き菓子が出され、やっとジョーは椅子の背にゆったりともたれた。
自分では気付かなかったが、随分と緊張していたようだ。
何を食べて何を飲んだのか覚えておらず、眼下に広がる夜景もいま初めて見た。
それほどまでに目の前にいる蒼い瞳の彼女にだけ注意を払っていた。
ちょっとした仕草や視線までも見逃さないようにして。
・・・大丈夫。
ちゃんと食べているし、話してもいる。
ただ・・・
心がどこかにいっている。
「フランソワーズ」
まっすぐに彼女を見つめて名前を呼ぶ。
こちらを向いた彼女に、にっこりと笑んで
「預かってきたものがあるんだ」
そう言ってポケットから出したのは、一枚の封筒。
テーブルの上に置いて、彼女のほうにそっと差し出す。
「お兄さんから」
目を瞠る彼女に促す。
「開けてみて」
それは、兄からの手紙だった。
今日の事を詫びていて・・・でも、新しい家族を得る喜びも綴られていた。
そうして
お前の目の前にいる彼がお前の家族なんだから
そうも書いてあった。
目を上げると、優しい瞳に見守られていた。
褐色の瞳。心配そうな。
・・・そうね。お兄ちゃん。
お兄ちゃんにも新しい家族は必要だわ。
私には・・・もう、居るから。
だから大丈夫。
同封されていたのは航空券が2枚。日本への直行便。
日付を見て笑ってしまった。
「なに?」
ジョーが優しく問う。
「・・・なんでもないっ」
でも、くすくす笑いはおさまらない。
お兄ちゃんてば。
ジョーが知ったら何て言うだろう?
そう思うと楽しかった。