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「島村ジョー」
という名前が聞こえて、思わず耳をすましてしまった。

ここはバレエ教室の更衣室。いつものようにレッスンを終えて着替えている時のことだった。
いつもと同じ喧騒。いつもと同じ光景。いつもと同じ・・・だったのだけど。

「・・・のカードでしょ?全員がもらえるという太っ腹な企画の」
―――なんだ。カードの話か。
幾分ほっとして着替えをすませてしまう。
ロッカーの扉を閉める。
と、また同じ一角で歓声が上がった。

「ちょっとこれっ・・・!シークレットカードじゃない??」

シークレットカード??

意味がわからないまま、そおっと話の輪に加わる。

「そーなのよ。普通に応募券を送って、で、届いたのを開けてみたら、なーんか違うような気がしたのよね」
「だって、公式ページに載ってるじゃない。全部で5枚」
「しかも、どれが送られてくるかはわからないでしょ?―――私なんか洗剤30本も買ったのに、3枚ともぜーんぶ同じカードだったのよー!」
一瞬、全員が気の毒そうに彼女を見つめる。
「それでね、公式ページを見たんだけど、どれとも違ってた、ってわけ」
えっへんと自慢そうに胸を張る。
「マボロシの6枚目のカードなのよっ!」
話の成り行き上、全員が手元を見つめ「マボロシ」のシークレットカードとやらに注目することとなった。
なので、流れでフランソワーズも覗き込んだ。

―――わっ。

「ね、ちょっと見せてもらってもいい?」

思わず訊いていた。
「いいけど、フランソワーズ、F1なんて興味ある人だったっけ?」
「ううん。あんまり見ないけど・・・」
「ふぅん?島村ジョーのファンなんだ?」
「そんな訳じゃ」
他人から『島村ジョー』と呼ばれているのを聞くのは何だか不思議な気分だった。
「イケメンだもんねー。好きなんだー?」
肩をつんつんされる。
「やだ、そんなんじゃ」
「フランソワーズったら真っ赤よ」
「正直よねー。あ、そういえば」
フランソワーズにカードを渡しながら、ちょっと考え。
「フランソワーズのカレシって、ちょっと似ているよね?」

だって、本人だもん。
とは、さすがに言えず。

「ふうん?こういうのが好みなんだ?」
答えず、曖昧に笑ってごまかす。
目の前にカードを持って来て、半ば顔を隠すようにしてじっと見つめる。

―――え。これって・・・!

「やだ、このこったら真っ赤になってる!!」
「えっ」
思わず頬に手を当てると、確かに熱かった。
「そーんなに刺激的だったかなー、このカード」

だって、このカードは持ってないんだもの。
こんなカードがあるなんてことも、ジョーは言ってなくて・・・(それを言えば、ほかのカードについても彼は何にも知らないのだったけれども)
知ってたら、もっと頑張って買ったのに。(注:すでにギルモア邸に10本、ジョーの自宅に10本、洗剤が貯蔵されているのでした)
私が持っているのは2枚とも同じものだったから、てっきり一種類しかないものだと思っていたのに違うんだ?
―――それにしても、このカード。

他の誰かも見ているのね。しかも「持って」いるんだ・・・

なんとなく胸の奥がざわつく。見知らぬ誰か、それも複数人がこのカードを持っている。シークレットというくらいだから、枚数は格段に少ないとしても、それでも確実に持っているひとがいる。

ジョーのこんな表情を知っているひとが他にもいる。

落ち着かない。

ひとり呆然としていたら、「私にも見せて」とカードを隣の人に持っていかれた。
それをきっかけに話の輪はほどけ、話題も違うものに遷移していった。

ざわつく胸を抱えつつ、建物を後にし、フランソワーズはジョーが迎えに来ているはずの約束の場所に向かった。