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「・・・キスしているの」

呆然。
そう、驚くというよりただ呆然としていた。
いま、フランソワーズは何て言った?

言うだけ言うと、さっきまで頑なに車を降りなかったフランソワーズだったのに、あっさりとドアを開け車から降りていった。
あとには、ただ呆然としているジョーだけが残された。

キキキキキスしてるって??俺が?
―――誰と!?????

という謎と

100歩譲って、まぁ俺が誰かとそういう行為をしてたとしても、だ。
なんでそれが「カード」なんぞになって出回っているんだ???

という謎に包まれて。

でも。
と、頭の中が謎でぐるぐるしながらも何とか筋道をたてて考えようと頑張る。
でも、おかしい。
だったら今日のフランソワーズの行動が理解できない。
怒っているとか妬いているとか泣くとか、ともかくそういう感情の発露は見られず、ただただ目をつむってみろだの、キスしてくれだの言っていた。

俺が、誰かとその・・・そういう行為をしていたのなら、彼女が平静でいられるわけがない。・・・たぶん。
それともこれって、希望的観測だろうか?
そうなのであれば、妬いて欲しいという。

・・・ううむ。

わからない。

とりあえず車から降りてフランソワーズに訊いてみようと姿を探したが、ジョーが車の中で固まっている隙にさっさと邸内に入ったようだった。

なんでこんなときは素早いんだ。

 

***

 

部屋に向かいながらも、部屋に入って着替えてからも、ずーっと考えていた。

大体、事務所がそんな写真を一般大衆に出すだろうか?むしろストップをかけるのではないだろうか?
―――だよな。
でも、じゃあフランソワーズが見たカードというのは一体・・・?
俺がキスしてる、って・・・誰と?

しばし回想してみる。

・・・・・・・・フランソワーズ以外とキスしたのって、何年前だ?

つまり、ここ数年は彼女以外とそういう行為をしたことはないわけで・・・。
んんっ?つまり、そのカードというのは、「フランソワーズとキスしてる写真」ってことなのか??

そういえば、最近スクープされたばかりだった。

だから「シークレットカード」なのか?
そういう意味か!?

だからフランソワーズは特に妬くでもなく暴れるでもなく・・・ただ「妙な」行動をしていたのだろうか?
なんとなく納得がいった。
ような気がした。

 

***

 

ドアを開けたフランソワーズはちょっと驚いた顔をして、けれどもいつものように部屋に通してくれた。

「どうしたの?」
「どうしたの、って・・・」

今日の帰りの出来事をすっかり忘れたかのような彼女の表情に、なんだか酷く疲れたような気になり、ベッドに腰を降ろしてしまう。

「・・・どうもこうもないだろ?言うだけ言っておしまいなんてずるいよ」
「だっておしまいだもの」
「どんなカードだったのか言ってない」
「言ったじゃない。ジョーがキスしてる、って」
「・・・誰と」
「『誰』?」
微かに含まれた険に思わずジョーは顔を上げた。
「ふうん?ジョーは誰とキスしたのか覚えてないくらい、いろんな人とそういう事をしているのね?」
「・・・フランソワーズ」

やっぱり何だか疲れてきた。・・・もう、今日は早く寝よう。

自分の隣を指し示し、ここに座るように言う。
ちょこんと自分の隣に腰掛けたフランソワーズをじっと見つめる。

・・・・どうしてこういう意地悪を時々言うんだろうなぁ。こんな可愛い顔して、さ。

「・・・俺が――僕が、君以外とそういうコトをするなんて本当は思ってないよね」
「ええ。思ってないわ」

ほらやっぱり。

「じゃあ・・・その、シークレットカードとやらの話も嘘?」
「ううん。本当よ?」
「でも、違う図柄なんだろう?」
「ううん。言ったとおりよ?ジョーがキスしてるの」
「・・・本当に?」
「本当よ?・・・だから、ヤなんだもん。そのカードを持ってる人は・・・ジョーがキスしてる時の表情を知ってることになっちゃうのよ?」

・・・なるほど。
だから、目をつむってみろだの、キスしろだの言っていたわけか。

ひとつの謎には納得がいったけれども、それでもまだまだ謎は満載なのだった。

「・・・その、相手はフランソワーズだよね?」
僕にはそれしか思い浮かばない。が、それならそれで問題ではある。
「違うわよ?」

――なんか、おかしい。
フランソワーズ以外とキスしたのなんて本当に何年も前で、だからそんなところを写真に撮られるはずもなく。
大体、フランソワーズは僕が「誰と」キスしてるのか、は別にどうでもいいらしく、それより「キスしてるときのかお」を不特定多数に見られてしまっているというのが気になっているようだ。

――なんか、変だ。

数年前の、キャシーとのキス未遂事件を最後に、本当にフランソワーズ以外とそういうコトはしていないのに。