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CMの詳細を聞かされて、僕は文字通り固まった。
だって・・・嘘だろう?
渡された台本には、食器用洗剤『チャーミーレモン』と書いてある。
いや、それは別にいいんだけど。
問題は中身。
「・・・あの。これ・・・」
「ウチは昔から、絵コンテは一切変えていないんです」
担当の女性はにっこり微笑んだ。
「おそらく島村さんも御覧になった事があると思いますよ?」
確かに、見た事があるCMだった。
だけど。
これを僕が・・・するのか?
「簡単でしょう?皆さん、だいたい一発オーケーですし、お時間もそうかからないと思いますよ」
なおも眉をひそめる僕に、彼女はおどけて言った。
「まさか、スキップができないって事はないでしょう?」
つられて周囲のスタッフが笑う。
・・・冗談じゃない。
僕はスキップができないんだ。

普通は子供の頃にできるようになるらしい。
だけど、僕にはできないし、試みた事も無い。
スキップ。
何やら楽しげな響きだ。
きっと、楽しいとか嬉しいとか、そういうプラスな感情の表現として行われるのだろう。
だけど。
僕が子供の頃は、それらの感情とは無縁だった。
寂しいとか悲しいとか、そういうマイナスな感情しか知らなかった。
だから・・・そんなプラスな感情の時にするステップなんて、僕は全く知らずに育った。
けれど、今。
僕にはそれが当然できるものとして話が進んでいる。
とても「できない」と言い出せる雰囲気ではない。
そして。
とうとう言い出せないまま、撮影は2日後と決まってしまった。
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