「――で?何でこの俺様がいばら姫を助けに行かなきゃならないんだい?」
和の国第9王子のナインは嫌そうに顔をしかめました。
窓枠に腰を掛け足を組んで、その足の上に肘を置いて顎を載せて。
とても王子様のお行儀とはいえません。
「――王子。もうちょっと行儀よく」
「いいから。続きを読め」
先刻から王の勅命を読み上げていた使者は、咳払いをすると続きを読み上げました。
ナインはいらいらと聞いていましたが、最後まで何とか我慢して聞き終えると立ち上がりました。
「・・・ったく。何で俺が行かなきゃならないんだ」
「ですから、これは王様の」
「それはわかっている。どうせ力試しだのなんだのっていうただのお遊びでやらせようってコンタンだろう?」
確かに9番目の王子ですから、王位継承権などとは縁遠く、彼もそれはじゅうぶんわかっておりました。
だから、かねてよりちょくちょく城を抜け出してはドラゴン退治に行ったり、どこぞの姫を助けに行ってみたり散々やりたい放題の冒険をしてきたのでした。
「――王子。お遊びなどではありませんぞ」
ナイン王子の側近が重々しく言いました。
「今回ばかりはそうではありません。あなたのお妃となる姫を助けに行くのですから」
「はあ?」
「今までとは違います。・・・まったく、どこの王子が助けた姫をどこぞに置き去りにして帰ってくるんですか。連れて帰って妃にするのが筋でしょうに」
「好みじゃなかったんだ」
「それでも、それが童話世界のしきたりなのですぞ。助けるならそれ相応の覚悟をしていただかないとなりません」
「俺は後宮を作る気はないし、大体、姫なんかに興味もない」
「・・・男色でもありますまい」
「当たり前だっ!!」
「では、そろそろ覚悟を決めていただかねばなりません。王の仰るのはそういうことです」
「ふん。別にいいじゃねーか。俺は世継ぎじゃないんだし、だったら子孫を残さなくたって構わないだろ」
「体面というものがあります。いくら9番目の王子といえど、いつまでも王宮でふらふらしているわけにはいかないのです」
「だから、近隣の力のありそうな国の姫を娶ってそこの王となり、この国を助ける礎になれと?」
「そういうことです。姫しか生まれなかった国では笑い話ではありません」
「だろうな。この国みたいに9人も王子がいるなんていうほうが笑い話だ」
「――王子」
「わかってるって。ったく――めんどくさいなあ」
「いばらの国は、あのいばらこそが貴重なのです。いばらの秘密がわかれば、極めて高精度な防御壁になりうる。王子には是非その任務に就いていただきたいのです。そして、できればその姫を」
「・・・姫はついでか」
「いえ、そういうわけでは」
「俺にはそう聞こえたがな」
そうしてナイン王子は遠く空を見つめました。
「・・・いばら姫とやらもいい迷惑だよな。大体――」
――大体、城から出て行きたくないという引き篭もりかつ後ろ向きな姫は放っておいてやったらいいじゃないか。
正義とか好意とかで「いばらに囲まれた城から救いだしてあげる」なんて、出て行きたくない姫にとっちゃいい迷惑だ。
そうだろ?いばらの姫さんよ。
いばら姫は、実は筋金入りの引き篭もり姫なのでした。
しかもずうっと引き篭もっていたせいか、考え方は後ろ向きで悪い方悪い方へ考えるという始末。
これには歴戦の勇者たちにもどうにもなりませんでした。
カウンセラーを連れて行った王子もいたのですが、数日城で過ごすうちに王子のほうがカウンセリングが必要な状態になってしまい、結局、そのまま彼はひとりで帰ったということでした。
それを聞いたナイン王子は思ったものです。
そんなに外に出るのが嫌なら放っておいてやればいいのにと。
また、こうも思いました。
数日一緒にいてこっちが病気になるくらい後ろ向きな思考の姫ってどんななんだよ。
とはいえ、いざ自分がその任に就くとなるとそんなちょっとの興味はなんの足しにもなりません。
ただただ鬱陶しく思うだけでした。
しかも、そんな姫の性格などは噂に聞くものの、容姿に至ってはひとっことも聞いたことがないのです。
いえ、もちろん「美女」とは聞いています。が、助けに行って手ぶらで帰ってきた王子たちの話にはないのです。だからきっと、実はとても言えないような残念な容姿の姫なのだろうと勝手に想像していました。
性格が後ろ向きで引き篭もりの上、見てくれも残念な姫。
そんな姫を城から引きずり出し、妃にしなければならない。
うんざりしました。
できればそんな貧乏くじは誰かに引かせてしまいたい。が、彼は残念ながら末っ子王子であり、貧乏くじは彼のためにとっておかれていたのでした。
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