「ただ泣きたくなるの」


―1―

 

あなたの腕に抱かれて眠る夜。

もう何度目だろう・・・憶えていない。
あまりにも当たり前のことになってしまって、今では隣にあなたがいないと眠れない。

あなたの息遣い。
あなたの体温。
あなたの匂い。

ぜんぶ、好き。

たまに足が邪魔だったり、腕が重かったり、眠りにくい時もあるけれど。
だけど、無防備に眠っているあなたの寝顔を見るのが好き。

009の時は、眠っていてもすぐに起きる。少しの気配で。
だけど今は009ではなく、島村ジョー。

だから、起きない。

 



―2―

 

あなたのそばにいるのが私でもいいのかな。

どんなにあなたに優しくされても、肌を合わせても、この不安は消えない。

ねえ・・・私がそばにいても、いい?

だって。
そばにいたいの。
触れていたいの。
あなたと同じ空気に包まれていたいの。

指先でそっとなぞる、あなたの頬。そして唇。

あなたが何を考えているのか、何を思っているのか知りたくて。
あなたの全てを知りたくて。

でも。

あなたはいつも何も言わない。
でもそれはきっと――言葉だけでは足りないから・・・よね?
だってあなたの瞳は、あなたの唇よりもたくさんの思いを私にくれる。
私の勘違いじゃないわよね?
私は・・・あなたに愛されていて、必要とされているって・・・思っても、いいのよね?

肩を抱くあなたの手が温かいから、私はいつも勝手にそう信じてしまう。

あなたの見つめているのが空で、私の見つめているのが海だとしても。
同じ蒼を互いに映し合っているのだから――同じものを見つめていることになるわよね?

 

あなたの腕のなかで少しだけ身体をあなたへ寄せた。
1ミリでもあなたの近くにいたいから。

 

ねえ、ジョー。
私、あなたのそばにいても・・・いいのよね?
他に選択肢がないから、仕方なくそばにいるのを許してくれているわけではないわよね?
私が「私だから」よね?

そうよね?

・・・でも・・・

もしも003が私ではなく他の女の子だったら。
いまこうしているのは、その女の子なのかしら。

003が女性であれば009と一緒にいることになっていたのかしら。まさかそうプログラムされている・・・って事はないわよね?
だってこの気持ちは私だけのもので、ジョーを想う気持ちは誰に強要されたものでもない。
大事な大事な想いだから、決してそんなことはない。
だって私は、あなたが009であってもなくてもどうでもいい。

大好きなの。

何よりも誰よりも大事なの。

だから、この気持ちは本物よね・・・?

 



―3―

 

気付いたら泣いていた。

ジョーの腕の中に抱き締められているのに。
ひとりであれこれ考え過ぎて、止まらなくなってしまった。
・・・もう。私ったら、バカみたい。

でも、いったん流れ始めた涙は簡単には止まってくれそうになかった。
鼻をすすったらジョーが起きてしまう。
涙も、ジョーの肌に触れたらすぐ起きてしまうわ。

少しだけ身体を離す。
本当は離れたくないのに、数センチだけジョーから離れてみた。

それだけなのに、ふたりの距離が広がったことが悲しくてまた涙がでた。

止まらない。

どうしよう。

 



―4―

 

「フランソワーズ?」

ああ、起こしてしまった。

「・・・泣いてるの?」
「何でもないわ」
「でも泣いてる」
「何でもないもの」
「何でもなくて泣いたりしないだろう?」

ジョーがじっと見つめている。

「・・・どうしたの」
「何でもない」

三回目の私の「何でもない」にむっとしたように黙る。

起こしてしまってごめんなさい。
彼の腕の中で小さくなる。このまま消えてしまいたい。

私を抱き締めていた腕が緩んで、そのまま私の頬に指先が触れた。
そして、そっとキスをくれた。

「泣かないで。・・・何があったのか、言って」

言えない。
たくさんありすぎて。

私が黙っていると、困ったように小さく笑った。

「・・・僕、何かしたかな?」

言いながら私の髪を撫でる。

「何か嫌な事、したかな」

ううん。していない。

「どこか痛む?」

痛くない。

ジョーは大きく息をつくと、改めて私を胸の上に抱き寄せた。

「良かった。何か嫌がることをしたのに気付かなかったのかと思ったよ」

そうしてぎゅうっと抱き締められる。

「もう、ひとりで泣いたりしないでくれよ」

小さく小さく、ジョーの声が聞こえる。顔を上げようとしたけれど、強い力で彼の胸に押し付けられ身動きできなかった。

「僕のそばからいなくなりそうで怖い」

私はただ、ジョーの胸に頬を寄せて彼の鼓動を聞いていた。

 

いつのまにか、涙は止まっていた。