―5―

 

泣いているフランソワーズを前に、どうしたらいいのか全くわからなかった。情けないくらいに動揺している。
だって、僕が隣にいて抱き締めているのに――どうして泣いているんだ?それも、ひとりで。
僕が気付いたら、慌てて涙を隠そうとした。
泣いているわけも話してくれない。
いったい、何を抱え込んでいるのか。自分ひとりだけの胸にしまいこんで。
僕には分けてくれない。
君の抱えている想いを見せてはくれない。
どんなに優しくされても――触れ合っていても、こういう時に思い知らされる。

僕と彼女との心の距離は遠いのだと。

近付きたくても近付けない。
君は全てをひとりで抱え込んで、決して僕には見せてくれない。
いつも涙を隠してそっと拭って、そして次の瞬間には何事もなかったように微笑むのだ。
強い君。
僕はそんな強さを持つ君を好きだけど、だけどひとりで泣かれるのは嫌なんだ。せめて胸を貸すくらい、させて欲しいのに。
僕はそんなに頼りにならない?

 

時折、君が離れていってしまうようで酷く不安になる。

だから僕はいつも、君がどこにも行かないように抱き締めて眠る。
だけど。
どんなに抱き締めていても、君の心をここに留まらせることはできない。

何か考え込んでいる時、君はとても遠い人になる。
――何を考えているのだろう。

僕のことではないのは確かだった。

だからそんな時、 僕は君がこちらに思いを向けるように抱き締める。そうしてやっと安心する。「君はここにいる」と。
ずっとずっと、そばにいて欲しくて。
いつでも君のそばにいたくて。

フランソワーズ。

僕が君のことを好きで好きで仕方ないことなんて、君は全然知らないんだよね?
君がいないと駄目だなんて、そんな格好悪いことはとても言えないけれど、でも――そうなんだよ?

例え、いま君がこうして隣にいてくれるのも、僕への同情にすぎないとしても。
僕はそれでもいいと思っている。君がここに、僕のそばにいてくれるのなら。

 



―6―

 

胸の上に抱き締めたフランソワーズの体温が伝わってくる。
規則正しく動く胸。・・・眠ったのだろうか。

そっと髪を撫でる。

僕のそばで安心して眠る君を見ると、いつも幸せな気持ちになる。
闘っている時は――003の時は、一睡もしない君だから。
こうして安心して体重を預けて眠るのは、僕のそばにいるからだと思ってもいいよね。
僕が「僕」だから、一緒にいてくれていると思っていいんだよね?

未来都市で君をさらったカール。彼は母親を早くに亡くしたと言っていた。僕の境遇と少しだけ似ていた。
だけど君は、きっぱりと拒絶した。
それは――もし、009が島村ジョーではない他の誰かで、その境遇が僕と全く同じだったとしても――君は彼を選んだりはしない。君は、009が僕だったから、だから選んでくれたんだよね?
そう信じていいんだよね?

君が僕のそばにいてくれるのは、同情ではなく愛情なのだと思い込んでしまってもいいんだよね?

一瞬、その幸せな思いに浸りかけ、すぐに我に返る。

いや――駄目だ。

勝手にそう思い込んで、もしも間違っていたらどうする。僕は立ち直れない。
闘えない。
だったら、そんな不確かな思いにしがみついたりせず、今のままでいいじゃないか。
僕は世界の何よりも君が大切で大切で、他の何も要らないけれど、だけど君はそうじゃないんだよね?
君が大切に思うもの、愛するものはたくさんあって、僕はその中には入っていない。

 



―7―

 

何十回、同じことを考えただろう。
いつも答えは堂々巡りで出口が無い。

君はいまここにいてくれるけれど、心もここにあるのだろうか。
僕のそばに。

僕は君を愛しているけれど、君は僕のことをどう思っているんだろう?

君は優しいから、はっきりノーと言えないだけなのかな。
はっきり言ってしまったら、僕が――009として闘えなくなるから言うな、と博士に止められている・・・とか。
・・・まさか。

 



―8―

 

妙な結論に行き着いた時、フランソワーズが目を覚ました。
ぼんやり顔を上げて僕の顔をじっと見つめる蒼い瞳。

「・・・どうかした?」
「泣いているかと思った」

ぽつりと言う。

「泣いてないよ。夢でも見た?」
「――嘘。泣いてたでしょう?」

そう言うと、そっと手を伸ばし僕の唇に触れた。

「泣いてないよ?」
「ううん。絶対、泣いてた。私にはわかる」

やっぱり夢でも見ていたのに違いない。

「・・・ジョーったら」

僕の首に両腕をかけ、そっと僕を抱き締める。

「嘘を言ってもわかるのよ。私はあなたのことなら、何でもわかっちゃうんだから」

僕の髪をそっと撫でて。

「・・・でも、わかるのはジョーのことだけよ?」

小さく耳元で囁いた。

僕はゆっくりとフランソワーズを抱き締めた。

 

 

そして、少し泣いた。