「男子会」
歴代009が集う会です。
「よお。撮影はどうだい」 「うんまあ、順調さ」 そしてreジョーが席に着いた。 とある居酒屋の個室である。既に料理や酒は並んでいるし全員揃っている。 それは原作ジョーが沈んでいるせいだった。 それは完結編が発表されたからである。 明らかに不本意なそれは、原作ジョー自身を見事に打ちのめした。 隣に座っているナインが肩を叩く。 「あれはお前じゃないってみんな知ってるんだ。大丈夫さ」 そうナインが言った途端、向かいに座った新ゼロジョーと超銀ジョーが揃って「あ、こらばかっ」と言った。 「……ふらんそわーず」 うつろに原作ジョーが呟いた。 「う。これは…やばくないか」 揃って腰を浮かす新ゼロジョーと超銀ジョー。 「えっ、でもフランソワーズは慣れてるよね?」 緊張に包まれた雰囲気が全くわからないのか、平ゼロジョーがのほほんととんでもないことを言った。 「だってホラ、009ってそういう要素があるし」 新ゼロジョーと超銀ジョーが平ゼロジョーの隣にいるreジョーに目配せをする。 「原作も旧ゼロも新ゼロも、超銀もそうだったよね?」 ――今回はそれとはレベルがちげーんだよっ。 「おい、ちょっと来い」 きょとんとした瞳に構わず、両側からふたりの009が彼の腕を掴み椅子から立たせた。 席はますます静かなのだった。 「あ?ああ、そうだよな。まぁ飲め」 ナインは肩をすくめると自分のグラスを干した。reジョーはただただきょとんとするばかりである。 そうして数分が経過した。 が。 原作ジョーの鼻をすする音がするに至り、ナインは顔をしかめるとグラスを置いた。 原作ジョーに手を差し伸べる。が、無反応。 「ったく。どこだ、ケータイ。尻ポケットか」 そうして勝手に彼の身体を探り目的のものを取り出すと、勝手にフラップを開いて番号を呼び出し電話をかけた。 「あの、どこに電話するんですか」 通話を終えるとナインの目とreジョーの目が合った。 「こんな状態の009を誰が助ける?003に決まってるだろ」 やはり事態が飲み込めないreジョーから目を逸らし、さっきの三人はいったいどこでどうしているのだろうかと思いを馳せるナインであった。 「ん、待てよ」 フランソワーズの到着を待つ間、ナインはあることに気付いた。 「なあ、原作ジョー。完結編って確か……最終回のあとの平ゼロ放送にあったあれだよな?」 原作ジョーが頷く。 「それって確か、僕たちはバージョンアップして神になるんじゃなかったかな。ホラ、防護服も青に変わって」 ふたりが顔を見合わせた時。 7人目の登場?
―1―
気安く手を上げ声をかけてくる超銀ジョーにreジョーは一瞬戸惑ったものの、笑顔で応えた。
「そうか」
がしかし。
なぜか「009の会」は何度やっても静かだった。否、静かというより――陰気な酒席である。
それは新人のreジョーが加わっても改善されることはなかった。
むしろ今回はいつもより更に陰気といっていいかもしれない。
いつもは朗らかに笑い、屈託なく場の雰囲気を和ませる彼であったが、今回だけは違っていた。
原作でありながら、原作者の手によるものではないという不思議な手順で作成されたものではあるが、どうしたって世間的には「公式」扱いなのだ。
そして「公式」ということはつまり、どんなに身に覚えがなかろうとそのひとは原作ジョーになってしまう。
原作ジョーにとっては、浮気した覚えがないのにパパラッチに写真を撮られ週刊誌に暴露記事が載り、世間がそうと信じてしまった――という悪夢のような状態に等しい。
「ま、とりあえず…元気だせよ」
「…………そうだ、な」
「そうさ、フランソワーズだってわかってるだろう?」
が、もう遅い。
と、同時になんだか目つきがおかしくなった――ように見えた。
「ああ。……アステカ編の時の大暴れのような嫌な感じだ」
何か起こる前に原作ジョーを押さえ込もうという作戦か。
――アイツを黙らせろ。
が、新人の彼にはまだ意思疎通は無理難題であった。
――てめぇ。今すぐその口を閉じやがれ。
元不良の新ゼロジョーと超銀ジョーは、原作ジョーはナインに任せ、今や生きる災いと化したゆとり世代・平ゼロジョーに殺到した。
「いい子だからちょっと行こうか」
「えっ?」
そしてそのまま引き摺るようにして――出て行った。
残ったのは、落ち込んでいるのかそうでないのか、ともかくとっても危険な状態の原作ジョーとそれを慰めている(?)ナインと、展開に全くついていけないreジョーの三人。
「僕は……してない」
前髪の奥に隠れたままの原作ジョーがぼそりと呟くと、ナインはそれに相槌をうちつつワインを注いだ。
「――フランソワーズを忘れたいなんて思ったこともない」
「もちろんだ」
「それに」
「うん?」
「……あんな、……自殺しようとなんか……」
「ああ。あれはないな。自殺と一番遠い存在がお前だ、原作009」
「…………」
それっきり原作ジョーは黙ってしまった。
うなだれたまま顔を上げようとしない。
「――しょうがないな。おい、ケータイを貸せ」
「うん?そんなの、決まってるだろう――ああ、フランソワーズさん?ナインです。申し訳ないのですが誰か迎えに――あ、来てくれる?助かります。それまでなんとかもたせますので」
「はあ……」
何しろ、今日の目的はコレではなく、ここにきょとんと居る新人009のあのシーンについて追求するはずだったのだから。
「そうだけど」
「だろう?と、いうことは…お前がやらかしたわけじゃなく、もうひとり増えるのか?」
「え?」
「神009とか」
「ん、ここかな。――やあ、遅れてごめん」
「お前な。何か話す前に自分が何を言おうとしているのか、ちょっとはその頭で考えろ」 低く地を這う声。眼光鋭い超銀ジョーであった。 「原作ジョーはな、本当に不本意なんだ。お前も知ってるだろう、奴はあんなことをするような奴じゃない」 超銀ジョーが詰め寄れば、傍から新ゼロジョーも凄む。 「――それが、僕たち009だときみだってわかっているはずだ」 更に喉を締め上げられ、平ゼロジョーは咳き込んだ。 「――だから!きみたちが怒るのは、自分の身に覚えがあるからじゃないのか」 憂いを含んだ瞳で新ゼロジョーがそう言った瞬間、超銀ジョーと平ゼロジョーが揃ってぽかんと彼を見た。 ――いやあ、もてるひとは言うことが違うなあ。 「ふたりで弱いものいじめとはいただけないな。それに――そこにいる子は見たところ学生じゃないか。まさかこんなところでカツアゲじゃないだろうな。いい年した大人が」 超銀ジョーが慌てて手を離す。が、それに構わず男性は一歩前に踏み出た。 「うん?――きみ、まさか中学生……」 これはまずい展開だ。 新ゼロジョーと超銀ジョーの目が合った。 この男性が何者かはわからないが、彼の背後、廊下のあちらにこの店の従業員の姿も見えている。 超銀ジョーが目配せする。
―2―
居酒屋のトイレのある廊下――の、更に奥まった薄暗い場所で、平ゼロジョーはふたりの009に囲まれていた。
シャツの衿を締め上げられ何か言おうにも声が出せない。
振り払うのは簡単だったが、そうしてしまうと更にやっかいなことが起きるような気がして仕方が無い。
なので平ゼロジョーはおとなしく拝聴していたのだったが。
「黙ってないで何か言ったらどうだ」
その迫力たるや、歴代009で一番かもしれない――などと、まるで当事者ではないかのようにのんびり考えていた。
「そうだ。フランソワーズがどうあれ、僕たちのほうから彼女を手放すことなど有り得ない」
こちらは超銀ジョーの迫力には及ばないものの、また別種の危険な雰囲気を漂わせていた。
超銀ジョーが正当な怒りだとすれば、新ゼロジョーのそれは退廃的でどこか投げ遣りな――全てを諦めたような、そんな――彼を怒らせてはいけないと誰もが感じるような怒りであった。
掴みかかるようなことはしない。が、憂いと怒りを含んだその瞳が妖しく揺れる。
そして、聞く者が切なくなるような甘く哀しい声で言うのだ。
「で、でも」
「なんだ?」
「それは僕もわかっているけど、でも、だからってフランソワーズは誤解しないだろう?」
「――なんだって?」
「だから」
「――なんだとっ、貴様っ…っ」
「僕たちはそんなことはしていない」
「え、だって」
「あれは、……彼女たちが勝手にそう思っていただけで、僕は相手にしていない」
――なんか今、さらっと酷いことを言わなかったかコイツ。
思わず超銀ジョーの手が緩んだ。
やっと息をつけるようになった平ゼロジョーが大きく深呼吸したその時。
「きみたち、そこで何をやっているのかね?」
えっ?
超銀ジョーと新ゼロジョーが振り返ると、そこには恰幅の良い中年の男性が佇んでいた。
酔っているのか怒っているのか顔が赤い。
「いえ、僕たちは何も――」
そして平ゼロジョーをじっくり見た。
ヤバイ。
どうやらここで何かトラブルが起きていると知られてしまったようだった。
このままだとこの男性が証人となり、新ゼロと超銀のふたりは傷害罪、そして平ゼロジョーに至っては補導されてしまうかもしれない。
いずれにせよ、警察の世話になるのはごめんだった。
「――おい」
――逃げるぞ。
新ゼロジョーはわかったと小さく顎を引いた。
継いで、平ゼロジョーを横目で見て――ため息をついた。
彼は中学生と言われたのがショックだったのか、すっかり意気消沈しているのだ。
「――ったく!」
新ゼロジョーは彼の腕を取るとその耳元に唇を近付け、逃げるぞ噛めと小さく言った。
そして言った刹那、
「――あっ?!」
男性の目の前から三人の姿が消えた。
「そうなの、酷いと思わない?」 一同がきゃあっと悲鳴なのか笑い声なのかわからない声を上げた。 「きゃあー、私だったら耐えられないっ」 信じられない、やるわね末っ子などなど口々に言いながら、女子会はいっそう盛り上がっていた。 ここは都内某所のレストラン。その個室に今夜、金髪碧眼の女性たちが集っていた。 「ところで、今日の女子会のことは誰も009には言ってないわよね?」 原作フランソワーズが一同を見回し念押しした。 「ね、どうして内緒なの?」 途端に険しい顔になる超銀フランソワーズ。が、凄まれてもちっともひるまず(ここが009とは違うところだ)reフランソワーズは首を横に振った。 「いいえ、言ってないわ。ただ、どうしてなのかしらって思ったの」 新ゼロフランソワーズが答えかけたが、原作フランソワーズの声が一瞬早く 「言ったらついてくるからよ」 と答えた。 「ついてくる…?」 まさか、と笑いかけたreフランソワーズだったが、一同が頷いたので驚いた。 「本当よ。ストーカーだもの。彼」 超銀フランソワーズが顔をしかめ、同じく新ゼロフランソワーズもため息をついた。 「え、でも…天下の009がそんなことするかしら」 するのよ――とみんなが言ったが、reフランソワーズは信じられないを繰り返した。 「ナインはしないでしょう?正義感が強いリーダーですもんね?」 話を振られたスリーは曖昧な笑みを浮かべた。 「――表立ってはしないけど…」 そんな遣り取りを見て、reフランソワーズは009っていったい何者なんだろう――と首を傾げた。 「あの、……ついて来るような009でも」 好きなの?と訊こうとした時、誰かのケータイが鳴った。 「――あら、電話…もしもし?」 原作フランソワーズだった。 「あらナイン?――えっ?――まあ!……そうね。駄目ね……迎えに行きます。大丈夫です。じゃあ」 通話を切ると帰り支度を始めた。ただごとではない雰囲気である。 「ジョーがちょっと駄目みたいなの。迎えに行かないと」 ごめんなさい――と何度もいいながら、原作フランソワーズが帰っていった。 「ま、仕方ないわ。飲みなおしましょ」 そうねそうねとお互いにワインを注ぎあう。 再び誰かのケータイが鳴った。 平ゼロフランソワーズだった。 やあね、また009絡みじゃないでしょうね――と互いに顔を見合わせた時。 超銀フランソワーズのケータイが振動し、新ゼロフランソワーズのケータイから迷子の子猫ちゃんのメロディーが流れた。 「うそ、ジョーだわっ」 三人がもしもし、と言い、そして数分後に「ええっ!?」という声が揃った。
―3―
「えーっ、酷いわそれっ」
「でしょう?だから私言ったのよ、これは使わないでくださいって」
「で、どうだったの?」
「もう撮っちゃったし、綺麗に撮れてるからいいじゃないか、ですって」
「え、ちょっと待って。じゃあ、本気のキスだって監督に言ったの?」
「まさか、言えないわよそんなこと!」
「でも…だったら監督だってどうして嫌がるのかわからないんじゃない?」
「そうなのよ!だから結局、」
「結局?」
「……あの予告編のキスシーンは、……そういうことよ」
「で?どうしたのジョーは」
「……どうもしなかったわよ」
「怒ったんでしょう、もちろん」
「怒ったわよ!でもなんていうか、――どうだ、って顔をしてみせただけで」
「てことは……もしかして、確信犯…?」
その名をフランソワーズ・アルヌールという。総勢7名。
もちろんよと声が重なる。が、ひとりだけきょとんと原作フランソワーズを見ている者がいた。
reフランソワーズであった。
「――あなた、まさか言ったの?」
「それは、」
「間違いなく尾行されるわ。フランソワーズが心配だ――なんて言って」
そしてずっと静かだったスリーを見た。
「えっ……」
「隠密が好きよね、ナインは」
「そうそう。で、僕は別につけてないよって顔をするの」
「もうっ!二人ともそんなこと言わないで。ナインはばれてないって思っているんだから」
自分のジョーもそうなのだろうか?いまひとつぴんとこなかった。
「まあ」
「むこうも男子会のさいちゅうでしょう。何があったのかしら」
「ケンカ?」
「泣いてない?」
「ええ、たぶん、今のところは。――そんなわけだから、申し訳ないけど…」
「こちらは気にしないで」
例の完結編の一件はみんなの知るところだったから、やっぱりそれかしらとちょっとの間、座は静かになった。
それに口をつけてふうと一息ついたとき。
「こっちもよ」
「いやだわ、どうして」
「――さすがに寒いな」 今は夜だろバカ――と二組の瞳に睨まれ、平ゼロジョーは肩をすくめた。 三人が潜んでいるのはひとけのない一角。 新ゼロジョーが顔に似合わない派手なくしゃみをした。 「寒い……」 体温を上げるのは簡単だったが、逆に冷やすのは時間がかかるのだ。 「――フランソワーズ、この場所わかるかなあ」 新ゼロジョーがそう言った瞬間、どんよりとした沈黙が降りた。
―4―
「もう10月だしなぁ」
「でも昼間は真夏日だったよ」
ビルとビルの間だった。もちろん外である。
そこに気配を殺して潜む――全裸の男性三名。絶対にひとに見つかるわけにはいかない。
「……それにしても、よく燃えなかったなぁケータイ」
「燃えるほどの加速はしていないだろ。市街だし」
「じゃあなんで全裸なんだよっ」
「知らないよ、最近の衣類はヤワなんじゃないのか」
「――確かに財布も鍵も無事だな」
ボトムの残骸からそれぞれ財布と鍵とケータイを救出済みだった。
残骸になってしまった衣類でも身につけていればちょっとはマシだろうと思ったものの、触れたそばから崩れていくものだから、あっという間に体から剥がれていった。
「おい、くっつくなよ?いくら肌を合わせれば体温低下を防げるといっても野郎となんて願い下げだ」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「……ちょっと体温上げればいいんじゃないかな?」
「それは緊急時だ」
よほどの緊急時でない限り、積極的にしたいとは思わない。
「わかるさ」
「……怒ってなければ、な」