「朝食に卵といえば?」


@新ゼロ


「卵焼きに決まってるじゃないか」

「また?このところ毎朝そうじゃない」
「いけないかい?」
「そうじゃないけど……みんな飽きてきているんじゃないかと思って」

ジョーは無言でフランソワーズをじいっと見つめた。
褐色の瞳が切なげに揺れる。

「だめよ、そんな顔しても」


ジョーはただじっと見つめる。


「だ。だめだったら」

フランソワーズは目をそらそうと試みるがうまくいかない。
まるで催眠術にかかったかのようにジョーから視線を外す事ができない。


「……もうっ」

微かに頬が染まる。

「わかったわよ。ジョーだけは、ずうっとずうーーっと甘い卵焼きね」
「うん」

 



A旧ゼロ


「別にこれといってないな」

ナインは新聞に目を落としたまま答えた。

「朝は食べないこともあるし」
「まあ!それはいけないわ!」

スリーはナインの新聞を取り上げると指先をつきつけた。

「朝御飯をちゃんと食べないと脳細胞に糖分がいかなくてちゃんと働いてくれないのよ!」
「うーん。でも買い物するのを忘れて食材がないときもあるだろう?それに」

ナインはスリーの手から新聞を取り戻すと涼しい顔で続けた。

「毎朝、誰かさんが用意してくれるなら別だけど?」
「だっ、誰かさんって誰?私の知ってるひと?」
「ウン」

妙な誤解をしそうなスリーを新聞越しに見つめる黒い瞳。

「すごくよく知ってる」
「えっ、そ……」


じっと見つめる黒い瞳。


「……そんなの、」

頬が染まる。

「ジョーがギルモア邸に来ればいいじゃない」
「そういう意味じゃないよ」


じゃあ、どういう意味?

 



B超銀

「僕はきみの作るホットケーキがいいな」

フランソワーズは蒼い瞳を彼に向けた。
邪気のない褐色の瞳。
ただ、少しだけからかうような色が見えないだろうか?

「……ホットケーキはおかずじゃないと思うけど」
「朝食に卵を使う料理なら同じことだろう?」
「……そうかもしれないけど」

しかし、彼に朝からホットケーキを食べる習慣なぞあっただろうか。

「まあ、きみが作るなら何でも僕は食べるけど」
「あらそう。それはどうも」
「うん。多少焦げてても、半生でも……甘くて歯が溶けそうでもね」
「!」

にやにや笑いのジョー。

「あれはっ……!」
「ふん。僕の愛情を試そうなんてするからだ」


わざとうんと甘く作ったホットケーキ。
きみの作ったものは残さないよと言った言葉の真偽を確かめたくて。

褐色の瞳が楽しげにこちらを見ている。

「……バカ」
「また作ってよ」
「いいわ、今度はちゃんとしたのを作るから見てらっしゃい」
「いや、僕はあの凄まじく甘いのがいいな」
「本気?」
「うん。他のやつには絶対食わせないのがいい」

他の男には絶対に出さないであろうホットケーキ。
フランソワーズの裏返しの愛情込みの。

そんなホットケーキが、いい。

「……ばかね。あれを食べてくれるのはあなたしかいないわ、物好きさん」

 

ホットケーキにまつわるお話は→



C原作


「……生卵」

ぼそりと小さく言われた言葉にフランソワーズは顔を彼に向けた。

「なんとおっしゃったかしら、よく聞こえなかったわ」

ジョーはやや首をすくめると

「ゆでたまご」

と言った。

「ジョー?質問が聞こえなかったかしら。いい?朝御飯に卵ときたら何ですか?」
「……じゃあ、目玉焼き」
「あなた、普段食べないじゃない。ゆでたまごも目玉焼きも」
「うん」

だから初めに生卵と言ったのだ。
ジョーは卵かけごはんをこよなく愛しているのである。
生卵を主食にかけて食べるなんてことは、他の国のひとにはわからないだろう。

「ねぇ、ジョー。私が作るのは、どれも口に合わないのかしら」
「そんなことないよ。美味しいよ」
「でも……」

生卵なんでしょう?

咎めるような視線にジョーはさらに肩を縮ませる。

「わかったわ。……もう」

私の出る幕無いじゃない。

「そんなことないよ、僕はフランソワーズの作ったごはんは全部好きだ」
「でも」

生卵なんでしょう?

「フランソワーズも一度食べてみればわかるよ」
「嫌よ。卵をごはんにかけて食べるなんて野蛮だわ」
「そういうのは試してから言うもんだろう?騙されたと思って食べてごらん。絶対、美味しいから」


じっと見つめる茶色い瞳。

一生懸命の。


「……わかったわ。騙されてあげる」

他でもない、ジョーの言うことだから。


私はジョーに甘い。

 

 



D平ゼロ


「あら、ジョーは何でもいいのよね?」


蒼い瞳が煌めく。
喧嘩を売るような声音にジョーはやや首を傾げた。

「うん、そうだけど……でも」
「ほうら、やっぱりそうでしょ」
「え。だって出されたものは感謝の気持ちでいただかないと」
「感謝の気持ち、ねぇ……」
「なに?なんだか怒っているみたいだけど、どうかしたのかい」

フランソワーズはちらりとジョーを見て、邪気の無い赤褐色の瞳を見つめ……何か言いかけてやめた。

「別になんでもないわ」
「やだな、気になるじゃないか」
「なんでもないわ、気にしないで」


だって。
やっぱりあなたはそうなんでしょう?

出されたものは感謝の気持ちでいただく。

即ち

来る者拒まず。


だから、つまり


誰でもいいんでしょう?
アナタに好意を寄せるひとなら、受け入れてしまうんでしょう。

きっと、私もそんな風なひとたちのなかのひとり。
もし去っても、アナタはきっと何のダメージも負わない。


「フランソワーズ?いったいどうしたんだい?」


心配そうな瞳。


「なんでもないわ」
「そうかな」

ジョーはそのままじっとフランソワーズを見つめ、そして少し困ったように笑った。

「あのさ。さっきの話だけど。僕は出されたものは感謝の気持ちでいただくけれど、でも好きなものはちゃんとあるんだよ?それって言ったらまずいのかな」
「そんなこと……ない、わ」
「良かった。その、僕はフランソワーズの作るチーズ入りのオムレツが大好きだから」
「……オムレツ」
「うん。チーズが入ってる」
「……数えるくらいしか作ったことないのに、よく覚えてるのね」
「好きなものは忘れないよ」
「だったら、もっと言ってくれたら作ったのに」
「いや、だって……好きだから、ってそんなワガママ言ってもいいのかな、って」
「……ばか」

何故かそっぽを向いてしまったフランソワーズに、しばらくジョーは困って、そうしてそうっと腕を回した。


「……好きなものは好きって言うよ。ちゃんと」

 

 



ERE009


「そぅだなぁ……」


目玉焼き。
スクランブルエッグ。
ポーチドエッグ。
ハムエッグ。

ジョーの頭に色々な卵料理が浮かんで消えた。どれも朝食の定番である。
が、しかし。

「別にこれといってないなぁ」

そう屈託なく笑顔で言われ、フランソワーズは悲しい気持ちになった。
朝食くらい、これがないと嫌だとかこれがないと始まらないとか、そういうのがあってもいい。
けれどもジョーにはそういうコダワリが全く無いのだ。朝食に限らず全てに於いて。
執着しないというのは美徳かもしれないが、裏を返せば思い入れがないという意味にもなる。
つまり、全てが彼にとってなんの意味も持たない空虚でどうでもいいことなのだ。

そういうことになる。

たぶん、そうならなければ彼は生きていけなかったのだろう。
いつ終わるとも知れない、延々と続く時間の環のなかで。
執着することは未練に繋がる。
未練は心を残すこと。
彼の場合、それは満たされることがなく置き去りにされるだけだった。

だから。

食べ物ひとつさえ、なんでもいいよと笑って言うのだ。

好きなもの。嫌いなもの。
食べたいもの。食べたくないもの。

どれも選ばない。

選べなかったから。


「フランソワーズ、どうかした?」

褐色の瞳が心配そうに見つめる。

「……ううん。なんでもないわ」

するとジョーは少し困ったように笑って言った。

「ええと、じゃあ……フランソワーズの得意なの作ってよ」
「えっ?」
「うん。それがいいな」

そうしてふんわりとフランソワーズを抱き締めた。ジョーの髪からお日様の匂いがする。

「あなたの食べたい卵料理を知りたかったのに」
「うん。だから、フランソワーズの得意なのがそれ」
「……好きじゃないかもしれないわよ?」
「うん。大丈夫」
「残したら怒っていい?」
「残さないよ」


ジョーが執着しているのはただひとつ。
彼がいま抱き締めているものだけだった。