キレイだったなぁ…フランソワーズ。

そんなにしみじみ見た訳でもないが、今でもはっきりと思い出すことができる。
そのくらい、インパクトがある写真だった。

…だけど、どうしてあんな格好をしていたんだろう?

あの服装は「自分の結婚式」以外には有り得ない。

……誰かと結婚するのかな。

漠然と、そう思った。
それは至極まっとうな結論で――ジョーはその考えを否定する根拠を持たなかった。

そっかぁ。結婚するんだ。フランソワーズ。
全然、知らなかったなぁ…

ひとこと言ってくれたって。と思いつつ、別に僕に言う必要はないんだよなと納得する。

――だって、僕は――僕たちは別に……

 

「ジョー?洗濯物、ここに置いておくわね?」

開いているドアからフランソワーズが顔を覗かせ、畳まれた洗濯物を持って現れた。

「うん。ありがとう」
「何してるの?」
「うん……別に」

バルコニーでただ見るともなく暗い海を見つめていたのだった。

「隣に行ってもいい?」

答える代わりに体を半身にする。
洗濯物を傍らのテーブルに置いてやって来たフランソワーズは、ジョーの隣におさまるとちらりと彼を見上げた。

「――ね。ジョー。これ見てくれる?」

手品のように差し出されたのは例のポラ写真だった。

「どう思う?」
「どう、って……キレイだね」
「本当?」
「ウン。キレイに映ってる」
「…良かった」

ほっとしたように笑むフランソワーズを見つめ、ぼんやりと思う。

――結婚式はいつなんだろう?
僕は…呼ばれるんだろうか?

「で……式はいつなんだい?」

さりげなく尋ねたつもりが、声が喉に引っかかり掠れた。

「えっ?」
「その…色々と準備があるんだろう?僕たちの事はいいから、自分の事をしないと」

蒼い瞳を見ることはできず、手に持っている写真に目を落としたまま一気に言ってしまう。

…本当に、キレイだよ。フランソワーズ。
だけど君は――僕の知らない誰かと――行ってしまうんだね。
いつかそんな日が来るとは思っていたけど、だけどやっぱり、いざその日が近いとなると……

辛かった。

長らく「恋人同士」として過ごし、周囲も彼らをそう扱ってきた。
けれども、いつかは彼女を離さなくてはいけない日がくるだろうとも思ってはいた。
覚悟はとうにできていたつもりだった。
しかし、改めて「事実」を突きつけられると、自分の気持ちをどうもっていったらいいのかわからない。
見知らぬ誰かに嫉妬するというのでもなく。
彼女は自分と過ごしながらもそういう相手を見つけていたのだということに怒るのでもなく。

ただ、「事実」は「事実」として受け止めることしかできなかった。

何も考えず。
行動せず。
ただ、受け止めるだけ。
受け容れるのではない。
その「事実」は彼の表面で滑り、彼のなかに入ってはこなかった。

全ての感情が凍結し、思考も停止していた。

君は僕のものにはならない。
そんなこと、ずっと前から知っていた。
――だけど

月は輝きを失い、全ての風景から色が消える。
ジョーはただ、指先が震えないように、写真を取り落とさないようにすることのみに意識を集中させていた。

こんなにキレイな彼女は見たことがない。
…彼女がキレイなのは……僕のためではなく、見知らぬ誰かのためであり………