「知らなくていい」

「・・・イシュキックの状況はわかったわ。確かに、ずうっと一人ぼっちというのは辛いし、そばに居てあげたい、っていうのもわかるわ。だけどね」
ため息をついて。
「一緒に行っていたら、あなたも戻って来られなかったのよ。永遠に『時間』の中に閉じ込められて。・・・一生、彼女と一緒に」
そう言った瞬間、ジョーの手がぴくっと震えた。
フランソワーズは責めている訳じゃなく。
あくまでも優しい瞳で淡々と話すのだった。

「・・・それでも良かったの?」

ソファに座り、ずっと俯いたままのジョー。その表情は髪に隠れて全くわからない。

「それとも・・・そうなるとは思わなかったの?」

両方とも違う。と、ジョーは思っていた。
彼女・・・フランソワーズは「ほんとうの孤独」がどういうものか、知らない。
けれども自分は知っている。あの、「自分だけの一ヶ月」。
加速装置のスイッチが戻らず、全てのものと切り離された自分。
同じく生命を宿すものでありながら、同じ世界に生きていながら、絶対に交わることのない異なる時間にひとり残された自分。
あの孤独を知っているから、自分は・・・イシュキックと一緒に行ってもいいと思った。
けれど、それをフランソワーズに言ったところで「ほんとうの理解」は得られないと思うし、何しろ・・・彼女には「自分だけの一ヶ月」の話をしていない。
優しい彼女の事だから、きっと強いショックをうけて泣いてしまう。
自分の身を案じて、二度と加速装置を使えないように博士に頼むかもしれない。
僕から加速装置を外せと。
・・・そんな事は、出来ない。
加速装置がなければ・・・もしもの時、フランソワーズを助けられないかもしれない。

だからジョーは、ただ黙っていた。

ほんとうの理由なんて、言ってもわかってもらえるはずがない。
それに。
あの時「行かないで」と涙ながらに訴えた彼女の想いは十分にわかっていたけれども、それすら振り切ったのは他でもないこの自分だったから。

別に、天秤にかけたわけじゃない。
イシュキックと行ってしまえば、フランソワーズには二度と会えなくなる。
けれども、時間の流れの中にたった一人で居る孤独には耐えられるものではない。
どちらの方が大切だとか、そういう次元の話ではないのだ。
ただ。
フランソワーズには、自分じゃなくても・・・自分がいなくなっても、他に仲間がいる。
けれど、イシュキックは。
「ほんとうに孤独」だった。
自分しかいなかった。
その孤独を理解できる者は。
だから・・・
フランソワーズと二度と会えなくなるというのは、考えただけでも気が狂いそうだったけれど、だけど、彼女がこの世界からいなくなる訳じゃない。
彼女は生きている。
だから、平気だった。
彼女がこの世界に生きて存在している限りは、自分がどこにいようと大丈夫だと思った。
二度と会えなくても。

「ジョー?」

隣に座っているフランソワーズがそっとジョーの手に手を重ねる。
包み込むように。

「・・・あなたは優しいから」

重ねた手に少し力をこめる。

「だからきっと、また同じ状況になっても、同じことをするわよね?でも・・・」
少しためらってから
「少しでいいから、私の事も考えてもらえる?あなたの気持ちは、わかる・・・わかるつもりではいるけれど」
そうは言いつつも、誰だって他人の気持ちを『ほんとうに』は、わかるわけなどない。と、知っている。

「・・・あなたがいなくなってしまったら、私は」

その先は、あまりにも子供っぽい感情ゆえに言えなかった。
あなたがいなくなったら寂しい
なんて。
こんなの、ただのワガママだ。
だから、その先は言えなかった。
それに。
結局、彼が自分の意志で決めた事・決める事ならば、他の誰もがそれに介入することはできないのだ。

そっとフランソワーズの手が握られた。
顔を上げると、ジョーが優しく見つめていた。

「・・・ごめんね」

今はそれしか言えなかった。
彼女の言う通り、再び同じ状況下になった時もきっとまた同じ選択を自分はするであろうから。
でも、彼女は・・・少しは泣くかもしれないけれど、きっと僕の事を忘れる。
他の仲間が支えてくれるから、僕がいなくなっても・・・大丈夫なんだ。