Super 8

プロローグ

「ヘンリー・マーティンセンはビデオデッキにカセットを押し込みたくなどなかった。
 飾りのない部屋にいるのは、彼一人ではない。周りにいる他の人々は立っていたり、神経質に足を引きずって歩いたり、一心に画面を見つめたりしている。押し殺した息遣いと軋んだ音を立てる足音以外には、ビデオデッキがカセットを吸い込んだブーンと言う音だけしかしない。
 映像の最初はぼやけていて、細かい部分は良く分からなかった。過日の荒い取り扱いによってテープの画質は早くも悪くなっていたが、やがて映像はクリアーなものとなった。気の進まない観客の目の前で展開されるシーンは、どうやら携帯型カメラで撮影されたもののようだ。まず本が映し出され、続いてカメラがパンしてコンクリートが剥き出しになった部屋の様子を映す。映された本が何を意味するのかを分かる者は、誰もいなかった。
 古く汚れた壁。部屋の中央には使い古されたマットレスの敷かれたパイプベッドが置かれている。マットレスに横たわる姿勢で、若い女がパイプベッドに縛り付けられている。カメラがゆっくりとクローズアップすると、女は泣き腫らした大きな瞳でそれをじっと見返してきた。女の裸の肢体を映した後、カメラはズームアウトする。内蔵マイクが、少女の恐怖に喘ぐ声を拾っている。
 観客の押し殺した息遣いを除いて、聞こえる音はない。一方、TVから聞こえてくる狂ったような悲鳴はその音量を上げていった。撮影者がカメラを三脚に据え付け、画面の中に入ってくる。よたよたとした足取りでベッドに近づいたのは、性別不明の、信じられないほど肥え太った人影だった。胸が悪くなるほどに肥満した頭の無いモノだ。生白い尻の上で腹が波打ち、腕はゼリーのようにぶるぶると震えた。足は一歩進むごとに、べちゃべちゃという足音を立てる。そしてついに、頭の無い太ったそれがベッドにたどり着く。
 マーティンセンはうんざりと背を向け、ドアに向かって歩き出した。背に何者かが立てる忌まわしい食事の音に混じって、恐怖の悲鳴が苦痛の悲鳴に変わるのを聞きながら。このフィルムは既に何度か見ていたし、それがどのように終わるのかも知っている。彼の脳には全てが詳細に焼き付いており、忘れることなど出来ようもない。もはや驚くこともない。忌まわしい音の発生源はあの肥満体の手である。その掌についた口で、少女を平らげているのだ。
 忌まわしい音が耐えがたくなる前に彼が部屋を出ようとしたその瞬間、ドア横の窓に映ったTV画面が不本意にも目に入ってしまった。そこには顔の一部を失った少女が映っていた。いっそ食べ尽くされてしまった方が彼女は感謝するだろうにと、彼は思った。この拷問を生き延びてしまうことは、死ぬより更に悪いことに違いない。
 恐らく、これは人が知らなくても良いことを知った時に払う対価なのだろうと、マーティンセンは考えている。悪夢でも永遠の恐怖でもない。しかし冷笑的で他人の人生への思いやりを失ってしまうようになるのだ。――愛しい者に対してさえ。」

(シナリオ「Super 8」より)

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