今宵、星降らぬ流星の夜に


參
妙星尼と護符

8月3日(水)

キーパー:水曜日に事務所に集合して車で流星寺へ向かいます。流星寺に到着すると、亜衣は皆さんに「シューティングスター・スピリチュアル・サークル(※略称=SSC)へ、ようこそ!」とおどけて言います。「もっとも、このSSCっていう名称は正式なものじゃなくて、メンバーが勝手にそう呼んでいるだけなんですけどね」
泰野教授:「そ、そうなの。お寺にしては軽い名前だと思ったけど、そういうことね」
流星寺キーパー:開催場所の流星寺ですが、復興間もないこともあってか、かなりこぢんまりとした佇まいです。山門などはなく、車が1台通れるほどの舗装されていない緩い勾配の上り道を登ったところにあるのは、里山を背後に建つ真新しい本堂と前庭、庭に面して建てられたプレハブの倉庫だけです。本当の復興は、これから時間をかけてやっていくのでしょう。前庭の入り口には掲示板があって、「流星寺説法会 毎週水曜日開催」的なことが書かれた張り紙がされています。
泰野教授:この説法会がサークルの会合なんだよね?
キーパー:そうですな。亜衣に案内されて本堂に入っていくと、パイプ椅子が並べられています。皆さんの他に、今日は8人が出席しているようです。全員女性です。
泰野教授:まあ、スピリチュアル・ブームだからね。
キーパー:(亜衣)「実は笑われちゃうから黙っていたんですけど、このサークルのおかげでダイエットにも成功しちゃったんですよ」 ダイエット、人間関係、異性関係等にスピリチュアルなご利益があるということで、非常に女性受けします。男子禁制ではないのですが、女性の定着率が高いようです。
泰野教授:どっちかって言うと深刻な人生相談とかじゃなくて、もっと軽いノリなわけね。
新城:若い人が多いんですかね?
キーパー:老人はいませんね。(亜衣)「あの方が井上さんです」と言って、パイプ椅子の列の前に立っている女性を指し示します。井上さんは50歳半ばくらいに見えますね。
須堂:世話人の人ですね。
キーパー:皆さんにA4のレジュメらしきものが1枚配られます。「今宵はお集まりいただきまして、どうもありがとうございます」と世話人の井上さんが挨拶をして会合が始まります。最初に「今日も暑かったですね」といった世間話をした後、「では妙星尼様、よろしくお願いします」と言って奥に声をかけます。すると僧形の小柄な尼僧が入って来ます。そうですね、瀬戸内寂聴より2歳くらい年上に見えます。
一同:微妙すぎだろ(笑)
キーパー:さて、レジュメには御仏への信仰の大切さと、その復活によって信じる者の力が高まるというような内容のことが書かれています。それを妙星尼が音読して、注釈を挟むようにミーティングは進行するのですが、非常に弁舌爽やかで、その言葉は心に響きます。妙星尼自身は朗々とした良く通る声を出すわけではないのですが、聞かせる説法をする人ですね。亜衣によると、この説法とレジュメは『喪星記』という書物からの抜粋らしいです。
新城:なるほど、星の字が入るのですな。
泰野教授:へぇ~。
キーパー:1時間ほどそのようなミーティングをした後に、本日は解散ということになります。他の参加者の女性たちは満足した表情を浮かべて帰っていきます。亜衣は妙星尼と世話人の井上惺子(いのうえ しょうこ)を呼び止めて、あなたたちのことを紹介してくれます。(亜衣)「妙星尼様、この方たちが先日話したSPHFの方たちです」
泰野教授:では挨拶をして、「こちらは元々は由緒あるお寺であったということですので、そのことも含めて色々とお話をうかがったり、調査と言うと大げさなんですけど、拝見させていただければと思っているのですけれど」
キーパー:先生の言葉に妙星尼は柔和な表情を浮かべて頷きます。「そういうことでしたら、どうぞ構いませんよ。きっかけや動機は何であれ、御仏の心に触れることに興味を持ってくれれば良いというのが流星寺の姿勢です」
泰野教授:なるほど。「スピリチュアルでも何でも良いよ、最初はね」ってことか。
キーパー:今から調査開始というわけにはいきませんので、明日からなら調査に入ってくれて構いませんということになります。資料の大部分は倉庫に収められています。ところで本尊なのですが、仏像はなくて曼荼羅が掛けられています。
新城:そう! それが気になっていたんですよ。それは?
キーパー:胎蔵界曼荼羅ですね。対になる金剛界曼荼羅はないです。
新城:ほうほうほうほう。見たところ、普通の胎蔵界曼荼羅っぽいですか?
キーパー:薄暗い本堂の奥に掛かっているので、良く調べてみなければ細部は分かりませんね。本堂にあるのはそれくらいです。
新城:「では事前に連絡をしてお邪魔するようにします」
キーパー:(井上)「分かりました。寺には必ず誰かいると思いますので」
泰野教授:「お寺の所有物は散逸していたものを集めたとのことですが、どれくらいのものが回収できたのでしょうか?」
キーパー:(井上)「保存の良いものから悪いものまで、流星寺にあったとされるものはほぼすべて回収させてもらいました。まとめて倉庫に保管されています」
泰野教授:「それを拝見させていただくことはできますか?」
キーパー:(井上)「もちろんです。まったく整理がされていませんので、厚かましいのですが、分類の方もしていただけると当寺としても助かります」(笑)
泰野教授:「そちらはお任せください」
キーパー:(妙星尼)「もし良かったら、研究調査だけではなく、説法会の方にも参加してくださいね。無理強いはしませんが」
新城:「機会があれば、ぜひとも」と社交辞令の応酬をします(笑)
護符キーパー:じゃあ、本日はお開きで、と解散するところで、先生は妙星尼に両手を掴まれて、菱形の石の護符を手渡されます。表面にアンという梵字が刻み込まれています。(妙星尼)「今夜の説法にもあった、女性の力を高めるための助けとなるものです。こちらを肌身離さずお持ちなさい。きっと、あなたには必要となるものですよ」
泰野教授:ちょっと戸惑いつつ、「いきなりこんなものを頂いてしまっても宜しいんですか? これは貴重なものではないのですか?」
キーパー:(妙星尼)「いいえ。これはあなたのために作っておきました」
泰野教授:「私のために? どういうことでしょうか?」
キーパー:井上惺子と亜衣は非常に驚いた表情を浮かべています。(妙星尼)「御仏の心に触れていただけるように、御仏が護符を用意するように私に命じたのです。これは珍しいことですよ」
泰野教授:「私がここに来ることが、最初から分かっていたと仰るのですか?」
キーパー:(妙星尼)「ええ。すべては御仏の意思によって」
泰野教授:「これはお寺に伝わるものなのでは?」
キーパー:すると亜衣が自分の首から下げている、ほぼ同じ造りの護符を取り出して見せます。(亜衣)「本来は自分で作るものなんですよ」 井上さんも同じようにして首から下げている護符を見せます。護符は触ると冷たく感じます。
泰野教授:戸惑いながらも断る雰囲気ではないので「では頂いておきます」(※護符を首から下げる)
キーパー:妙星尼は満足そうに頷きます。「護符はなるべく素肌に触れるようにしてください」
泰野教授:なるほど、服の外にぶら下げておくのではなくてね。「これは持っているとどういうご利益があるのですか?」
キーパー:(妙星尼)「力を与えてくれるものです」
泰野教授:「今日来ていた参加者の皆さんは、ご自分で作った護符をお持ちになっているのですか?」
キーパー:(妙星尼)「もちろんです」 ここで〈心理学〉ロールを……(コロコロ)……先生と新城さんには分かりますが、この妙星尼が護符を渡すという一連の行為に関して、井上さんが何らかの懸念を覚えていることが分かります。
新城:最初も驚いていたくらいですからね。
泰野教授:?
キーパー:それでは、ということで妙星尼と井上さんは立ち去ります。
泰野教授:では我々も帰途に就きましょう。帰りの道すがら亜衣ちゃんに聞きますが「これ(※護符)、こんなに簡単にもらってしまって良いものなの?」
キーパー:(亜衣)「う~ん、確かにこんなことは初めてだと思います。でも妙星尼様が自らされたことなので、何かお考えがあってのことだと思います。この護符って、スゴイ力があるんですよ? 護符を身に着けるようになってから、私も本当にラッキーなことばかりなんです」
泰野教授:「例えば?」
キーパー:(亜衣)「実は、最近仕事がうまくいっていなかったんですけど、スピリチュアル・サークルに参加するようになって、護符を身に着けてから、なんだか自分に自信が持てるようになったんです。職場に変化はなかったんですけど、自分を変えることに踏み出せたというか……。少なくともそれって間違いないんです。この護符に本当に何らかの力があるかはともかくとして、私に起きたことは現実ですから」
新城:「この護符に刻まれた梵字は何を意味するんでしょうかね?」
キーパー:護符に刻まれている梵字アンは、流星寺で祀る仏尊の種字です。仏尊のイニシャルみたいなものです。

 ボランティア会員の眞仲亜衣は翌日は仕事なので流星寺の調査には参加しません。泰野、新城、須堂の3人は明日の午前中から流星寺調査を開始することとしました。

キーパー:(亜衣)「では週末に時間が取れるようでしたら、私も手伝いに行きますね」 そう言って亜衣は皆さんと別れます。その際、彼女がコホコホと軽く咳をしていることに気づきます。
泰野教授:「風邪?」
キーパー:(亜衣)「いいえ、身体のだるさとかはないので。でも夏風邪なのかな? 心配していただかなくても平気ですよ」 亜衣は手を振って去っていきます。

夕会泰野教授:「あの倉庫の中に何か面白そうなものがあれば、適当にまとめて論文として書いてみるか」
新城:「あとはご本尊の曼陀羅ですか。詳しく調べてみたいところではありますね」
泰野教授:「とりあえず、3人で倉庫を整理して、作業量を見積もりましょう」
新城:「まずはあるものを整理して、何があるかを見極めましょう。そのためには精を付けるために……」
泰野教授:「焼き肉に行きましょう」(笑)
キーパー:そんなこんなで水曜日の夜は終わります。護符はどうしますか?
泰野教授:亜衣ちゃんの話もあったことなので、物は試しということで素肌に身に着けて寝ます。
キーパー:了解です。では先生には追加のマジック・ポイントを5ポイント差し上げます。
泰野教授:え!?
キーパー:明日からの調査は絶対に上手くいくような自信が湧いてきました。


前 表紙 次